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『しきり』とは、言葉で言えば方言だ。
『型をしきる』ということで、一般的な武術用語で言えば『演武』のことだ。
それぞれの武術における型を追っていくのだが、実戦式な型なので非常に荒々しい動きでスピードがある。
この演武を競技化したものもあるそうだが、うちの『しきり』はこれに該当しない。
何故なら、古武術とはスポーツではないからだ。
熟練度を測る『段』や帯の色なんてものは存在しない。
競技化されたものならば、熟練度をひと目でわかるように階級を必要としている。
本来の武術は人を殺めるためのものだから、どの程度の腕前なのかは相手に分からない方が望ましい。
読み取れる人間にのみ、読み取れるものだ。
なので、うちの場合、帯の色は本人が好きな色を使う。
疾風は深い青だ。
私の帯は新緑。
同じ色は使わないのが基本だ。
何故かというと、帯の色で相手を見分けることができるからだ。
私が鍛錬している演舞は、『しきり』のひとつだが、動きが全く違う。
『演舞』という言葉通りに舞うように緩やかな優美な動きが特徴だ。
これは武術舞というものと同じものに見られやすいが、根本的なところが全く違う。
動きとしては武術舞よりももっと動きはゆっくりだが、威力自体は桁違いにある。
つまり、『演舞』という名前を持っていても、人を殺すためのものだ。
今現在、古武術と呼ばれるモノは、生き抜くために編み出されたものだ。
その発祥は様々だが、うちの場合は戦場で得物を失っても生きて戻るために編み出された。
敵から得物を奪い取る、あるいは素手で立ち向かうといった様々な状況を設定して作られた。
綺麗事を言ったところで結果は同じ。
自分が生き残るために相手の命を奪い取るということだ。
それゆえ、幼い頃、古武術を習う時から厳しく言われる。
この道を続けるならば、人の命を殺める時が来ても躊躇ってはいけない、そうして己の命を絶ってはいけない。
己が奪った命の重みを受け止め、足掻き苦しんでも生き続けろ、と。
それができなければ、武術から手を引き、すべてを忘れろ。
そう訓えられてきたのに、私は逃げ出してしまった。
だらりと両腕を下げていた疾風がだんっと大きな音を立て、床を蹴り上げ、そうして反対側の足で空を蹴る。
そのまま上体を後ろへと逸らし、片手を床についてそのままくるりと一回転。
低い姿勢を保ち、足払いをする。
型の多くは足技が多い。
相手の重心を狂わせることが目的だからだ。
鎧は重い。
少しでも重心が狂えば、隙が生まれる。
どんなに強い相手でも隙が生じれば、勝機が見えることもある。
それは、自分も同じこと。
己の重心が狂わないように、強靭な肉体と低く重心を保つことが基本姿勢だと覚え込まされる。
あの時、私は、2人なら何とかできると愚かにも判断した。
動きを封じて隙を作り、時間稼ぎをすればよいと、そう思ったのだ。
それが間違いであったことは、結果が教えてくれた。
犯人は4人。
2人を封じても、2人、残る。
その残った2人のことを私は全く考慮していなかった。
それ故に起こった惨劇。
残った犯人の内の1人が、仲間ごと私を轢き殺そうとした。
私があの2人の動きを封じなければ、2人の命は助かったかもしれない。
仲間に轢き殺された犯人たち。
その原因を作ったのは、この私だ。
私が、あの2人を殺したも同然だ。
赤く染まる視界の中、奇妙な形に折れ曲がった人形のようなモノを見て、私は恐怖を覚えた。
私が奪った命。
こんなモノを背負って、生きてなんていけない。
だから、私は逃げ出した。
幼い頃に何度も言われた言葉。
『強く、賢くあれ』
守るべきものがあれば、それを守り続けられるよう、強く、賢くあらねばならない。
一日でも長く生き抜かねば、それらを守り通すことができないからだ。
そのために、他者の命を摘むことになろうとも動揺した様子を他の者に見せてはならないと。
その言葉の意味を実感するような日が来ようとは思ってもみなかった。
現代において、その言葉は形骸化してしまっているものだと疑いすらしなかったのだ。
間接的に、己の判断が2人の人間の命を奪ってしまったことで、私はようやくその恐ろしさを知った。
私は被害者で、彼らが加害者であることは明白で、私の口封じのためにそれは起こったのであって、責任の一端も私にはないと、誰もが言う。
だが、それが事実だとしても、私が彼らの動きを封じてしまったために逃げることもかなわずに轢き殺されてしまったことも事実だ。
彼らの肉親に恨み言のひとつやふたつ、言われても仕方がない。
耐えなければいけないことを耐えれなかった。
私が逃げ出したことで、瑞姫さんが目覚め、私の代わりにすべてを背負うことになってしまった。
私はあのふたりと、瑞姫さんに負債を抱えたことになる。
本来であれば瑞姫さんは私と入れ替わった時に眠りにつくはずだった。
それを引き留めたのは私だ。
あのまま瑞姫さんが眠ってしまっては、嫌なことを引き受けただけになってしまう。
瑞姫さんが引き受けたものを私がきちんと受け止めて、ちゃんと立っていけることを見てもらい、安心して眠ってもらいたいと思ったのだ。
勿論それは、私の我儘だ。
瑞姫さんが私のために残してくれた友人と共に過ごす穏やかな日々と、自分のやったことに対する責任を果たす姿を見て納得してもらいたい。
いつかまた、瑞姫さんに出会えた時によく頑張ったと褒めてもらえるように。
それが、瑞姫さんと入れ替わった時に私が考えたことだ。
今度こそ間違えない、と。
素早く腕を前に突き出すたびに、ひゅんっと風を切る音がする。
相手に攻撃し、そうして相手の攻撃を防ぐ。
疾風の動きは目に見えぬもうひとりの相手がそこにいるような気にさせる。
姿が見えない相手がどのように動いているのか、疾風が形を取るたびに見えるような気がしてしまう。
大叔父様が疾風のしきりを褒めていたのは、そこだった。
見えぬ相手との真剣勝負。
だからこそ、その動きのひとつひとつに破壊力があるのだ。
どれだけ激しく動いたところで、疾風は汗をかかない。
汗をかけば、視界は妨げられ、手足が滑ってしまうからだ。
腕が上がれば、そういった身体の反応も無意識に制御できるようになるらしい。
移動する際はふわりと動き、体重を感じさせないが、蹴りひとつひとつには重みがある。
相手の動きを見切り、型を追い覚えるためには、自分の気配を消し去り、見つめ続けるという修行もある。
私に疾風の動きを真似することは、まず無理だ。
体格や体力、色々な条件が異なりすぎているからだ。
だけれど、背中合わせで戦う時に呼吸を合わせることが容易くなる。
相良本家の末娘。
それが、他の兄姉たちよりも私の身に降りかかる危険だ。
身内を大事にする相良家だからこそ、末子の私を盾に取れば、大抵のことは操れると思う輩が現れる。
そのためにつけられたのが随身だ。
通常、疾風は私の身を守るために傍にいる。
だが一度事が起こり、私が相良に害をなすことになれば、疾風は私の命を絶つ死神になる。
その後、疾風は周囲を巻き込んで己の命を絶つことになる。
常に疾風に求められているのは、私の命を絶つための強さだ。
私の命を絶てるだけの強さがあれば、私を守ることなど造作もないということだ。
逆に私に求められているのは、疾風を死神にせず、その生を全うさせる強さだ。
疾風を幸せにすること、すなわち、私が生き続けること、だ。
私が弱い人間であることは、散々思い知らされた。
強くありたい。
今、願うことは、それだけだ。
悲しませたくないと思う人間が沢山いるということは、人としてとても幸せなことなのだと思う。
その強さを、学ばねばならない。
どれだけ真剣に疾風の動きを見つめていたのだろうか。
不意に背後に人の気配がした。
ぎょっとしたときには遅かった。
「うきゃっ!!」
ふわりと身体が持ち上がる。
思わずあがった微妙な悲鳴に疾風の動きが止まる。
「柾様っ!?」
振り返った疾風が困ったように私の背後にいる人の名を呼ぶ。
「うん、久し振りだな、疾風」
何事もなかったかのように長兄が疾風に声を掛ける。
「あの~……柾兄上?」
意を決して私は兄上に問いかける。
「ん?」
「何故私は、兄上の膝の上に座っているのでしょうか?」
私を背後から抱き上げた兄上は、胡坐をかいた自分の膝の上に私を座らせているのだ。
私の問いかけに、柾兄上は端正な顔に極上の笑みを浮かべて私を見下ろした。




