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着替えを済ませ、2階のリビングへと降りる。
ソファに腰をおろし、天井を見上げて思う。
とても、静かだと。
外から直接入れる1階の応接室とは異なり、リビングは下足禁止の一般的な日本家屋だ。
洋館作りではなく、和洋折衷家屋になっているのだ。
3階の私室には畳を入れてもらった。
母屋の部屋に戻ってもいいと思っているのだが、御祖父様も父様も首を縦に振ってはくれないのだ。
四六時中、畳に正座で座るという行為が、私の脚に負担になるとでも思っているのだろう。
肯定したくないが、否定もできない。
しかし、こう見上げてみると、天井が高い。
思わずソファの上に足を引き上げ、両手で抱え込む。
母屋もそうだが、この離れも実は基本的な日本家屋とサイズが違う。
武家の出というか、武将の血が濃く出ているのか、直系の特に男衆はやたらと背が高く、筋骨逞しいというか、しなやかな体型に見えても、無駄なく鍛えられた肉体保持者が多い。
一般的なサイズの家屋では、鴨居に額をぶつけるお約束は免れない。
まあ、相当な重量がある鎧兜を身に着けて、戦場で刀や槍を振り回して涼しい顔をし続ける一族の末裔だ。
自然とそれらに対応した筋力を持った人種へと発達していくのだろう。
重い甲冑を着なくていいとなれば、その負荷は外れ、身長が伸びる傾向にあったのかもしれない。
もちろん、中には女武者も相当数いたというのだから、直系の娘たちも相応に背が高くなったようだ。
私とて、軟弱な筋肉になってしまったとはいえ、左手一本で真剣を握ることは可能だ。
立ち合いは許してもらえないが、真剣を持っての稽古は許可されている。
つまり、筋肉が落ちたとか痩せすぎだと言われても、それはうちが基準であって、一般的な女の子に比べれば十分すぎるほどに筋肉質だということだ。
背が高い分、相当痩せて見えるようだけれど。
小柄な人が我が家を訪ねてくると、巨人の家に迷い込んだような印象を受けるのだとか。
多少は誇張したイメージだろうが自分たちが慣れ親しんだサイズよりもひと回り以上は確実に大きいだろう。
そういう意味で、私たちも屋敷から離れ、他の方の家や店やホテルなどに足を踏み入れたときに、天井が低いとか部屋が狭いとか感じてしまうこともある。
だが、こうやって見ると、本当にこの家は大きいのだと思ってしまう。
とても天井が高い。
そして、静かだ。
先程まで疾風はもちろんのこと、八雲兄上や諏訪など、人の気配を感じていたせいもあるかもしれない。
膝を抱えたまま、天井を眺めていた私は、そのままぽてんと横に倒れる。
ソファのクッション性は無駄に高いようで、数回、バウンドした後、ふんわりと私の身体を受け止めた。
この部屋、こんなに広くて大きかったんだ。
初めて覚えた感覚に、私は少し戸惑う。
静かな部屋というのはいつものことだ。
どちらかというと賑やかよりも静寂の方を私は好む。
であるからして、この静けさは好ましいもののはずだ。
それなのに、なんだか、ぽっかり感がある。
ソファに転がりながら見上げる部屋は、まるで他人の部屋のようだ。
色々と考えなければならないことがある。
自分のことはもちろんのことだが、当面の課題は諏訪家の問題だろう。
巻き込まれたくないことに巻き込まれてしまったが、これは仕方がない。
しかし、諏訪がご隠居の代理になったとは、少々困った。
まあ、これは、あれだ。
ご隠居の、『惚れた女は自分で口説け』という方針で代理になったと諏訪は思っているのだろう。
だから諏訪はあんなに嬉しそうだったのだ。
自惚れる気はないが、前回のことがあれば否が応でも気付く。
瑞姫さんも言っていたし。
どうやら諏訪が自覚したようだと。
しかしながら、ご隠居の意思は諏訪の思惑とは違うようだ。
ご隠居は御祖父様の考えを尊重する。
つまり、ご隠居の考えは諏訪に引導を渡せ、ということだ。
どうしても甘い考えを捨てきれない諏訪に、何度でも拒絶して現実を見せてやれと仰っているのだろう。
希望を持つのは自由だが、どんなに想っても叶わないことがあるということを知らなければ、人の上に立つことはできない。
そう思っていらっしゃるのだろう。
自分に甘い考え方は、命取りになる。
だから、諏訪が一番傷つく方法でそれを思い知らせようと企んでいらっしゃるのだろう。
それほどまでに人を傷つけるのであれば、傷付ける方もまた深い傷を負う。
そのことを知らぬご隠居ではない。
あえてその役を私に振ったということは、私がその傷に耐えられると信頼してこそ。
高く買っていただいたものだと思う。
ご期待に添えることができればいいのだが、こればかりは上手くいくかはわからない。
過去に瑞姫さんが諏訪にやらかした1件があるからだ。
アレを覚えている限り、諏訪は諦めないかもしれない。
まあ、何とかなるだろう。
「瑞姫?」
リビングの扉が開き、不思議そうな表情の疾風と視線が合う。
「………………」
ソファの上に膝を抱いたまま転がる私は、さぞかし疾風から見れば奇行に走っていることだろう。
しまった。
しかしこの体勢では、すぐに起き上がるのは難しい。
「…………瑞姫。そうか、寂しかったのか」
私を見て、何やら納得した疾風がこちらへと歩いてくる。
寂しい? 私が?
首を捻りかけて、納得した。
疾風が来た途端、広かった部屋がいつもの見慣れた部屋に戻ったからだ。
そうか。私は寂しかったのか。
理由がついて納得した私をふわりと起こした疾風が、そのまま隣に座って寄りかからせてくれる。
今気が付いたけど、疾風の手が私の古傷に触れることはほとんどない。
どこに傷があるのか、どういう風に触れれば痛くないのか、熟知しているようだ。
つまりそれは、疾風との付き合いの長さを示していると同時に、どれだけ疾風が私を心配してきたかということだ。
ぽんぽんと大きな手が私の頭を撫でる。
「……何で寂しいと思ったんだ?」
ふと疑問に思って問いかける。
私ですらわからなかったことをどうして察することができるんだろう。
「ん? だって、瑞姫、寂しくなると昔から、小さくなって転がる癖があるだろ?」
「あるかな?」
「ある! 部屋の隅に行ってないだけマシだけど」
「そうか。そういう癖があるのか」
知らなかったぞ。
「おい、感心するな。で? 何で急に寂しくなったんだ?」
「わからない」
疾風に言われるまで、寂しいとすら自覚できなかったのだから。
「んー……じゃあ、我儘言っていいぞ」
ちょっと考え込んだ疾風は、そんなことを言い出す。
「我儘?」
「今日は頑張ったから、ご褒美だ」
まさかの一言にわくっとなる。
「しきりっ!! 疾風のしきりが見たい!!」
「うわっ! ……即答だな」
ご褒美もらえるのなら、これしかないとばかりに言えば、その勢いに押されたのか、仰け反った疾風が苦笑する。
「…………駄目?」
しまった。
調子に乗りすぎたか?
おねだりも相手のことを考えて言わないと駄目だとあれほど八雲兄上に言われて育ったのに、嬉しくてつい無茶を言ってしまったのだろうか。
少しばかり反省していると、ぽんっと頭に疾風の手が乗った。
「わかった。道場、行くか?」
「うんっ!!」
「いい返事。なら、行くぞ」
ひょいっと疾風に抱え上げられ、床に立つように促される。
いつもだったらこのまま抱えられて道場まで運ばれるのだが、今日は私の意思を尊重してくれるらしい。
ウキウキしながら私は疾風の腕を取って道場へと向かった。
敷地内に設けられた道場は、我が家の鍛錬のためのものであるためさほど大きなものではない。
それでも数人が鍛錬するには十分な広さはある。
部屋の隅で正座して待っていると、道着に着替えた疾風が帯を気にしながら道場へと入ってくる。
「本当に好きだな、おまえ」
わくわくしながら待っていたのがわかったのか、疾風の苦笑が深くなる。
「だって、疾風のしきり、綺麗だから見るの好きだよ。大叔父様も褒めてらしたし」
うちの古武術の頭を務める大叔父様は、非常に厳しい方だ。
その達人クラスの腕前を持つ大叔父様が疾風のしきりは見事だと褒めていたのだから、間違いはない。
「綺麗だからって大したことない。師匠にまだまだ敵わないんじゃ、意味がないし」
技の研鑽に余念がない疾風は、自分の実力に満足することはない。
おそらく颯真さん達よりも実力は上になっているだろうが、それでも常に上を見ている。
「じゃあ、始めるからな」
「うん、お願いします」
軽く身体を温めた疾風が私に声を掛ける。
それと同時に、疾風の表情が真剣なものへと切り替わった。
この週末は久々にムーン様の方の作品を書いてます。
今月はイベントだらけでなかなか書く時間が取れず、ハンカチギリギリしてます。
書きたいものがあるから、書かせてよと思わず言ってしまいそうになるのを我慢中。




