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 自宅に戻ると、諏訪が来ていた。

 車から降りたところを迎えに出てくれた家政婦さんから告げられたのだ。

 離れの応接室へとお通ししてますと。

 

 さくっと見た玄関には来客を示す客人の靴はない。

 つまり、庭から直接洋館の方へ案内したのか。

 それがどういう意味を持つのか、諏訪は気づかないだろうな、うん。

 和の家に住む人間なら、すぐにわかるだろうが、諏訪は洋館で育っているからなぁ。

 母屋にあげずに靴を脱がなくていい場所へ通すのは、歓迎なんてしないから早く帰れという意味なんだが。

「疾風、このまま直接離れに戻る」

 私がそう言えば、疾風も家政婦さんたちも嫌そうな表情になる。

「瑞姫お嬢様、母屋の方へあがられて、手洗いなど済まされてからの方がよろしいかと」

「そうだぞ、瑞姫。帰宅の挨拶が済んでないじゃないか」

 少しでも諏訪に会う時間を遅れさせようと、結託し始める。

「客人に早くお帰りいただくには、用件を伺うに限るのではないだろうか?」

 そう指摘すれば、視線を彷徨わせていた人達は渋々と頷く。

「まったく……瑞姫は人が好いな……」

 呆れたように溜息交じりに呟く疾風に、家政婦さんたちがうんうんと頷いて同意している。

「私は、できることなら前倒しで物事を終わらせたいんだ。早く片付けば、そのあと、ゆっくりできるだろう?」

 こう説明すれば、大抵、引き下がってくれる。

 まだちょっとこの時期は、わずかだけれども痛みが走るので、用心して動作がゆっくりとなってしまう。

 そのことを懸念して少しでも早く終わらせようと余裕を持って動くようにしているので、その辺りは素直に納得してくれるのだ。

「行こう、疾風」

「……仕方ないな、わかった」

 不本意と、文字が見えなくても顔に書いてそうな疾風が、渋々と私に従う。

「ご隠居の御遣いだろうが、さすが、ご隠居だな。打つ手が早い」

 私がそういうと、疾風が纏う空気が変わる。

「……ご隠居……そうか」

 そう呟いて、ぷくっと吹き出す。

「はじめてのおつかい、じゃないんだから」

 どうやら疾風の脳裏には幼児が母親からおつかいを頼まれて、懸命にこなす姿が浮かび上がっているらしい。

 それは、『おつかい』違いじゃないだろうかと思ったが、ニュアンスが同じに思えたのも仕方がないことなので黙っておく。

 大丈夫! 例え、諏訪の前でそれを思い出してぷくっと笑いたくなったとしても、無表情には定評があるから!

(そこ、自慢すること?)

 瑞姫さんのツッコミも気にしない。

 庭から離れへとまわり、扉を開けてしばし絶句した。




 ある程度の予測はしていた。

 招かれざるであろうとも、客人を部屋に通してそのまま放置ということはありえない。

 相手によっては家人が対応するべきだということも。

「……何で八雲兄上がいるかな?」

 ソファセットの片方に、諏訪のアコガレの人物であると推定される八雲兄上がいた。

「おや、お帰り、瑞姫。大変だったね」

 立ち上がった八雲兄上が両手を広げる。

 これは、多分諏訪への嫌がらせをやるつもりなのだろう、というか、羨ましがらせるのか。

 もとより、諏訪と話すには兄上の隣に座るしかないので、あの場所へ行かなければならないことは確かだ。

 非常に行きたくないという気持ちが勝ちそうでちょっと困るが。

「ただ今戻りました、兄上」

 仕方なく、本当に仕方なく兄上の傍へ行くと、満面の笑みで私をぎゅーっと抱き締めながら八雲兄上は頬擦りしてくる。

 ああ、視線が痛い。

 諏訪よ、羨ましそうに見るな。

 本人は喜んでなんかいないんだからな。

 疾風は兄上相手なので何も言わずに我慢しているようだが、ぎりぎりときつい視線を背中に感じる。

 あれは少しは抵抗しろという意味だろう。

 いつもなら抵抗をするが、今はいろんな意味で無理だ。

「詳しい話はあとでゆっくり聞くとするけれど、諏訪家からのお客様だよ」

「遅くなって済まなかった」

 いつもならもうしばらくは堪能するだろう兄上は、今日はあっさりと開放して、諏訪を示す。

 予定外とはいえ、客を待たせたということは私の失態だ。

 少々偉そうに謝罪を口にする。

「いや、こちらこそいきなりの訪問で申し訳ない。祖父から俺がこちらへの使者に立つようにと命じられて、その挨拶がてら謝罪に来た。今日は、母が申し訳ないことを」

 立ち上がった諏訪が私に向かって頭を下げる。

「いや、元々、こちらも入手していた情報だったから、謝罪されるような事はなかった」

 あの店を割り出していたのは、千瑛と、千景の2人だ。

 あの店のデザイナーは、確かにいくつかの賞を取ってはいたようだ。

 ただし、橘が特別賞を取ったコンペではなく、もっと規模の小さい地方的なものや中規模宝石商が企画する若手新人の発掘的なものだ。

 見栄を張りたくなって、あんなことを言ったのか、それとも詐欺を狙っていたのかは定かではないが。

 千景が下見して、『実に安っぽいデザインだった。それから客の好みを把握しようとも思わず、自分の好みを押し付ける店員で男女の区別もつかない節穴だった』という感想を聞いたが、どうやら千景を女の子と思い込んで接客していたらしい。

 律子様が事前に連れて行く者が女性だと言っていなければ、私も男扱いされていたかもしれないということだ。

「それで、ご隠居が君をこちらへ差し向けた用事は何だろう? 疾風が送った音声データの件か?」

 私と律子様の会話は、スマホを通して録音されている。

 疾風が保存したデータは、そのままご隠居の方へ送るように指示していたので、それを聞いたご隠居が即座に動いたと予想はつく。

「ああ。あの店は、母が関わっていたということを徹底的に消し去ってから潰すことにした。人造ダイヤを本物と偽って売っていたというだけでも罪が問えるからな」

 そう言いながら、諏訪はソファの横に置いていた封筒を手に取ると、その中に入っていたファイルを取出し、私の方へと差し出した。

「これが、あの店のデザイナーだ」

 顔を顰めながら示した写真に八雲兄上と疾風が息を飲む。

 私は、その写真の人物の顔に違和感を感じた。

「不自然な顔だな」

「え!?」

 兄上と疾風が驚いたように私を見る。

「不自然? いや、他人の空似もここまで来ると確かに不自然だろうけど……」

「似ている? 誰に?」

 兄上の言葉に私は首を傾げる。

「誰にって、伊織君の父上の斗織様だけれど……」

「これが? 全然違う顔だけれど?」

 どこをどう見ても不自然すぎる顔で、斗織様とは似ていない。

 ご隠居と斗織様と諏訪伊織、この3人は間違えようもなくそっくりだ。

 こういう風に年を取っていくのだなと思わせる共通するモノがある。

 だが、写真の男にはそれがない。

 所謂その血筋独特の雰囲気とか、特徴というものだろうか。

 わかりやすく言えば、育ちの良さというものか。

「似てると思うんだが……」

「似てない! あ。目の下に傷跡がある。整形か!」

 普通であれば見落とすであろうわずかな影。

 だが、身体中に走る傷跡を見慣れている私には、それが浮かび上がって見えた。

「そのようだ。これが、この男の本来の顔だ」

 もう一枚、諏訪が写真を取り出してテーブルに置く。

 最初の写真とは似ても似つかない平凡な顔立ちの男がいた。

 きっと、町ですれ違っても気付かないだろう普通さ。

「この顔が、コレ、ねぇ……」

 八雲兄上が写真を摘まみ上げ、しげしげと眺める。

「間違いなく、律子様狙いだな」

「こんなマガイモノに引っかかりますかね? 本物を毎日眺めて暮らしているんですよ?」

 疾風が不思議そうに首を傾げる。

「気を引くには充分だと思うけれど? 律子様は斗織様の顔にひとめ惚れしたのは有名な話だからね」

「……ご隠居の方が顔立ちがいいと思うけどな」

「瑞姫。何でこの顔を不自然だと思ったんだい?」

 斗織様とご隠居。

 顔だけ見ればそっくりだけれど、醸し出す雰囲気はまったく異なる。

 一切の曇りがないご隠居とわずかに影が滲む斗織様。

 斗織様にはご隠居のような勢いがないのだ。

 そうして、この写真の男は存在感も生気もまったく感じられない。

「んー……何となく?」

 聞かれると非常に困るのだが、答えようが他にない。

 この男の場合、パーツ自体が似ていないのだ。

 だから、私はこの男を斗織様に似ているとは一切感じなかった。

 美容整形のことには詳しくないが、写真を持って行って『この人と同じ顔にしてください』というのはどう考えても犯罪っぽいので無理だろうと推測する。

 そうするとイメージで告げるわけで、そのイメージが伝われば、斗織様そっくりの顔が出来上がるだろうが、微妙なニュアンスが通じなければ、似ていない顔になる。

 私の感覚的に、後者なのだが、男性陣は前者に思えたようだ。

 この写真から感じ取れる男の雰囲気と顔立ちが一致しなかったので違和感を感じたというのが、私の感覚を言葉に表現するとこう表すしかない。

「……相変わらずの野生児か」

 苦笑した八雲兄上が、肩を竦める。

「僕らが調べつくして、これしかないと掴んだ真実を、瑞姫は感覚ひとつで見抜いてしまうのだから、困るよね」

「ごめんなさい?」

 兄上が困るのは、私も困るので謝ってみたが、自分でもよくわかっていないことを謝るのは難しい。

 そして私の兄弟は末っ子に甘々というか、劇甘なので、結果はわかっている。

「可愛いから許す!! なんでうちの妹はこんなに可愛いんだろうねぇ。そう思わないかい、伊織君?」

 そこで諏訪に同意を求めるのはどうかと思うのですが。

「……相良はカッコいいと思います」

 いや、そこで真面目な意見はいらないから。

「うん、伊織君は修行が足りないね。瑞姫がカッコいいと思える間は無理だね」

「精進します」

 いや、しなくていいから!

「まあ、その男。その顔に整形したあたりで律子様に近付く気があったというのは疑いようもないけれど、誰がそれを指示したか、ということが問題だね」

「それは、諏訪の方で調べます」

「そうだね。諏訪の恥だからね」

 意気込んだ諏訪を兄上が軽くいなす。

 そこでふと疑問が浮かんだ。

「……諏訪は何故、ひとりっこなんだろう?」

「え?」

 一斉に皆が私を見る。

「あ、いや。押しかけ女房とか言われて律子様から強引に諏訪家へ嫁いでこられた割には、諏訪に兄弟がいないことが不思議だなぁと……」

「そういえば、そうだね」

 穏やかに笑う八雲兄上に、何か知っていると直感する。

 だが、本人がいる前で話すことはないだろう。

 おそらく知っていても、八雲兄上は話さない。

 何となく、そのことが今回のことに関係しているような気がしてならないが、ここで直接聞いても答えが貰えないのなら、別口で調べればいいことだ。

「ああ、そろそろ会社に戻らないといけない頃合だな」

 私からの追及を逃れるために、八雲兄上がそう切り出す。

「あ。つい長居をしてしまって申し訳ない。また、調べて分かったことがあれば、知らせに来る」

 諏訪も腰を浮かせて退席の挨拶を始める。

「そうか。疾風、諏訪をお送りしてくれ」

 私が玄関まで送ると言っても誰も許してくれないだろう。

 だから、疾風にそう声を掛ける。

「僕がご隠居のところまで送ろう。そちらの方が目立たなくていいからね」

「申し訳ありません。お言葉に甘えます」

 書類を片付けた諏訪は、八雲兄上の誘いを素直に受ける。

「瑞姫は上にあがって休みなさい。疲れたのだろう? 顔色が悪いよ」

 兄上からの牽制が来た。

「わかりました。休ませていただきます」

「部屋で休むのが嫌なら、リビングでいいから。すぐ戻る」

 疾風も私を気遣う振りして諏訪の傷口を抉る。

 3人を見送りながら、あまりにも事が多すぎることに溜息を吐くしかない私であった。

PM2.5が急増したので、見事に反応してのどがヒューヒュー鳴ってます。

薬が効かないなんて、なんでだ!? 眠気と闘ってるのに。

花粉症の方も、花粉の飛散でアレルギー症状と闘っておられるかと思います。

お大事になさってください。

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