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狭い車の中、上機嫌で滔々と語る中年女性。
いくら、見た目年齢が若かろうと、括りで言えば中年。
そのことに気付かずにスキンケアの話から、嫁の心得なんかをご機嫌に語っている。
車窓の景色を眺めて碌に相槌すら打たない私の態度に気付いていないようだ。
果ては、疾風を連れ歩く私に対する注意まで言ってきた。
(相手のことなんざろくに知らないババアが言ってるんじゃねぇよ!)
不機嫌そのものの瑞姫さんがぼそりと呟く。
ですから、瑞姫さん。先程からガラが悪いですって!
とりあえずのところ、取り繕ってください。
(だって、そのオバさん、私、大っ嫌いなんだよ)
全面的に同意してもいいですから、聞き流す方向で。
あとで心折れというご隠居の指示に従いますので。
何故か、不機嫌な瑞姫さんを宥め賺すのに必死になっている私がいる。
「いくら、護衛でも異性を傍に置くのはどうかと思うのですわ。間違いが起こっては困りますもの」
疾風は護衛じゃなくて随身なんだということをこの人は理解することを知らないのだろうか。
おまけに、『間違い』とは、随分私たちを見縊っているということだ。
ちなみに随身とはいえ、疾風は私の夫候補の1人でもある。
基本的に同性を随身として寄越す岡部家だが、たまに異性を差し出す場合、その相良の子供を貰い受けたいという意味もあるのだ。
本人たちの意思次第だが、家としてそうなった場合、了承するという答えが随身としてその子供を認めるという対応に出る。
つまり、御祖父様から疾風は認められたということになるのだ。
傍に寄せないと言われた諏訪は、私の夫候補としては役不足のために認めないと答えたことになる。
相良には独特なルールがあるが、そのルールはわかりやすいように隠してなどいないのだ。
随身にどういう意味があるのか、伴侶をどのような基準で選んでいるのか、相良は一切隠していない。
少しばかり調べればすぐにわかることを、律子様は調べようとはしなかったのだろう。
あれほど随身だと言っているにも拘らず、疾風を『護衛』と呼んでいるのだ。
愚かだと、つい思ってしまっても無理はないだろう。
「疾風は護衛ではなく、随身と何度申し上げればご理解いただけるのでしょうか?」
さすがにかちんときた私は、優しげな声音を作って律子様に言う。
少しばかり上から目線になったところで、誰も咎めることはできないだろう。
私が相良瑞姫で、この方が諏訪律子である限り。
「護衛、でしょう? あのぼうやは」
「疾風が護衛にしか見えないというところが不思議ですが? 相良本家の者にはすべて岡部家出身の随身が付くというのは、普通、殆どの者は誰でも知っているのですよ。我々は隠してなどおりませんし、随身の役目もオープンにしておりますから。律子様が御存知ないということの方が意外ですね」
冷ややかに応じれば、意味がわからないなりにもまずいことを言ったと薄々理解したようだ。
そうして、私が物凄く不機嫌であるということにも。
「ですが、嫁ぎ先にも連れて行くということは……」
「何の問題もありません。今までそのようにしておりましたが、問題になったことは一度もありません」
殆どの場合、随身は同性だから。
「そうなのですか? それは、喜ばしいことですわね。ですが、お買い物にまで連れ歩くのはどうかと……ええ。返されて正解ですわ」
私が本当に疾風を返したと思っているのか。
普通なら、ここは深読みする場面だろうに。
「本当にそう思われますか?」
私が言った言葉に、律子様がまさかという表情になる。
「先に車を出されましたでしょう? まさかわたくしがどこにいくかなどわかるはずもないのに」
「本当に?」
意地が悪いと思いつつ、即座に追い打ちをかける。
「私は相良の人間だと申し上げましたでしょう? 常に傍に置くのは疾風ひとりですが、護衛は私の安全を図るために、目的地周辺の安全確保を怠ることはありませんよ」
「まさか、そんなことは……」
「律子様。律子様は私を安全が確保されていない場所へ案内なさるつもりなのですか? 自分が訪れたことがあり、何もなかったからという理由だけで、この私を?」
まさかそんな馬鹿なことはしないだろうと言外に滲ませて言えば、律子様の顔色が悪くなる。
やっぱりな。
自分が何もなかったから大丈夫だなんて、気軽に考えての行動か。
「律子様。ご自分と、私を一緒に考えないでください。まあ、私を買物に誘うくらいですから、何も考えていらっしゃらないだろうと先に手を打って正解でしたが」
「相良様はそんなに恨まれていらっしゃいますの?」
またこの人は……。
どこまで墓穴を掘れば気が済むんだろう。
一矢報いた気か、愚かな。
「恨まれない者はいないでしょう? ですが、恨みで私に危害を加えようとするよりも、私を利用しようと思う人間の数の方が遥かに多い。私が相良の弱点だと思い込んでいる人々が多いでしょうから」
「違うと、仰る?」
「弱点をあえて晒すような真似をすると思われますか? 弱点ではないからこそ、弱点のように見せるのが、戦略というものでは?」
祖父母もそうだが、兄も姉も私には甘い。
末っ子で年が離れているからだが、弱点ではない。
私が窮地に陥ったとしても、1人で何とか凌げる、あるいはそれを逆手にとって攻勢に出ることくらいわけないという信頼は得ている。
彼らに言われているのは、被害は最小限度に留めろということと、多少法律違反を起こしたところで相手側の攻撃回避のためにやむなくといった状況を作り上げておけば何とでもしてやるということだ。
私が疾風を傍から外すのは作戦上のことで、一定距離以上は決して離れず、また、合流した後の相手側の被害は甚大だということだけが家族の悩みの種なのだ。
つまり、私は相良家の弱点などではなく、攻撃の基点になっているのだ。
現在も私はGPS機能で疾風に位置を知らせているし、車内での会話も録音させている。
律子様は、ご自分がどれだけ危険なことを喋ったのか、気付いてはいない。
多分、今頃、疾風は激怒していることだろう。
救いと言えば、私が傷1つ負っていないということくらいか。
私が傷を負っていなければ、疾風は冷静でいてくれる。
こちらの意図をきちんと受け止めて、言葉で指示しなくても私の考え通りに動いてくれる。
私に代わって、他への指示も完璧にこなしてくれる。
疾風が文武に渡って非常に優秀な人材なのだということを見抜けないようでは、私は相手にしないことにしている。
つまり、律子様は最初から私にとって重きを置く人物ではないということだ。
「私を連れ歩くと仰るのなら、本家の方にその旨を伝えて、目的地周辺の安全を確保しておかなければ、その方は相良から切り捨てられるということです。律子様は今後一切、私と接触できないということです。おわかりですか?」
「え?」
「私が諏訪家へ嫁ぐ可能性は全く途絶えたということであり、律子様は私と会うことは今日以降、二度とないということです」
くすっと笑って言えば、律子様の表情が抜け落ちた。
「あれほど、申し上げましたのに、すべて無視なさって強引に事を進めようとなさるからです。いわば、自業自得ですね。これ以上のことがないことをお祈り申し上げるだけです」
これ以上のことがあるのを知っている確信犯ですが、それが何か?
勿論、これで終わりではなく、ここからが始まりというわけだ。
正面撃破で心を折って差し上げよう。
「嫁ぐのは、瑞姫様が納得されればよろしいのでしょう?」
「ええ。でも、諏訪家はありません」
「そんなことはないでしょう? 伊織はお買い得だと思いますの」
「どこら辺がでしょう? 特筆すべきものが何かありますか?」
「責任がありますもの、わたくしどもは瑞姫様に……」
「ああ、あなたが仰る『傷物』ですか? そんなことを仰るのは律子様だけですよ? 御存知在りませんか? 姉を差し置いて、私を妻にと望んでくださる方々の多いことを。皆さま、一言もそんなことを仰いませんよ? 私が成人するまで待つので、親しくお付き合いする機会を設けてほしいと仰っていただきました。その傷自体も、成人する頃にはほとんど消えるでしょうから、何の問題もありませんしね。ああ、どうやら到着したようですよ」
車の速度が落ちたことに気付き、そう告げる。
「律子様。私は友禅作家としての地位をこの手で築きました。私の友人たちもすでにいくつかの会社の社長の地位を得ていたり、何かしらの資格や賞を取っていたりと、常に己を磨くことに、精進することに全力を尽くしています。あなたが仰ることは、その私たちを常に見下していらっしゃる。ですから、私はあなたに問います。諏訪家当主夫人という地位以外であなたは何をご自分の力で得ましたか?」
「……それは……」
「諏訪家当主夫人という土台を抜きにして、律子様ご自身の努力で何をなさいましたか? その上でのお言葉でしたら、私たちも納得いたしましょう。ですが、あなたのお言葉はいつも当主夫人という地位をもってしてのものです。それでは誰も納得いたしませんよ」
車が停まり、ドアが開けられる。
私は車から降り立ち、律子様を振り返る。
この時点で完全に立場は逆転していた。
「このショップは、わたくしが支援しているの。デザイナーも、若いけれど才能溢れた方ですのよ」
さすが立ち直りが早い律子様は、店内に足を踏み入れるなり威厳を取り戻した。
店内を軽く眺め、店のランクを測る。
店内の客は若い女性。10代後半から20代あたりがターゲットだろう。
つまり、手頃な値段設定。
そこから考えるに、質は推して図るべしと言ったところか。
間違っても有閑マダム的律子様が身に着けられるような質はないだろう。
勿論、私の趣味でもなさそうだ。
「最近、ブライダルの方にも展開しようかということで、いくつか取り揃えることになりましたよの」
にこやかに説明し始める律子様を、私は冷ややかに眺める。
そうやって、私に指輪を薦めて、プレゼントしましょうとなって、婚約指環か。
馬鹿馬鹿しい展開だ。
「これは、諏訪様! お嬢様も、ようこそお越しくださいました」
奥からオーナーらしき男性がにこやかな笑顔で出てくる。
実に白々しい笑みだ。
演技が下手だな、この人。
「こちらは、相良家の瑞姫様。お綺麗な方でしょう?」
満面の笑みで律子様が私を紹介する。
「ええ、実に美しい……」
「凛々しい少年のようだと皆に言われております」
空々しい賞賛の言葉など聞きたくはないので、クラスメイトに言われる言葉を告げれば、律子様もオーナーも固まった。
「そんなことは……」
「私の渾名は『王子』なんだそうですよ? 友人が笑って教えてくれました」
王子と呼ばれることは苦痛ではない。
なので、私にとっては笑い話だが、相手にとってはそうとも限らない。
そのことを知っているがゆえに、ワザと相手が困ることを言ってみた。
つまり、諏訪家の嫁候補などではないという意思表示だ。
この姿を取らせるようになったのは、諏訪家が発端だということをもう一度、律子様に認識してもらわないといけない。
「ええ、そのお姿もよくお似合いです」
「こちらの律子様の御子息と姪御様が起こした事故でこのような姿をしております」
にこやかに事実を告げる。
オーナーは驚いたように律子様を見た。
「数年前のことですが、新聞にも載ったそうですよ。その頃の私は生死の境を彷徨っておりましたので、まったく知りませんが」
「瑞姫様!」
「おや、違いましたか? 兄からそのように聞きましたが」
非難めいた律子様の声を笑顔で封じる。
事故のことは決して赦しはしないという意思表示だ。
主導権は渡さない。
矜持の高い律子様のことだ、事故のことを言われるのが一番嫌なことだというのはわかっている。
それを四族ではなく一般人の前で言われることほど屈辱的だということも。
「新作を見せていただけるかしら?」
表情を歪ませた律子様は、すぐに気を取り直すと、オーナーに声を掛ける。
(第二段階、上出来だよ、瑞姫)
くすくすと笑いながら瑞姫さんが声を掛けてくる。
(次も抜かりなく、ね)
了解いたしましたとも。
店舗の奥側へと案内され、ショーケースの前に置かれた椅子に腰かければ、販売クルーにお茶を勧められる。
にこやかに礼を告げたが、お茶には手をつけなかった。
ほどなくして、クルーがいくつかのデザインリングをケースごと運んできた。
濃紺のトレイの上にリングを並べて置くクルーの横で、対応にあたるらしいオーナーが満足げに笑っている。
そのリングを眺め、私はげっそりした。
「キャストですか」
ひと目でわかる機械作りの品の粗さ。
これをブライダル用にするとはあまりいい店ではないらしい。
キャストと呼ばれる機械作りと、職人が手掛ける手作りとでは、工賃に相当な差額が出る。
利益を上げるのなら、キャストだ。
作品に矜持を掛けるのなら、当然手作りだろう。
そこで差が出る。
オーナーは一瞬目を瞠り、そうして探るように私を見る。
一方、律子様は何のことかわからなかったらしく、私をきょとんとしたような表情で見ている。
「瑞姫様、これなんか、如何かしら? 1.5カラットですけれど、品が良いでしょう?」
「カラーはDランク、クラリティはFLでございます」
最高級品だと言いたいわけか。
「マーキスですか……そちらは、プリンセスカットにラウンドですね」
ダイヤのカットはオーソドックスだが、デザインが野暮ったい。
一般的なデザインと言うか、どこかで見たようなデザインと言うか。
橘の繊細優美なデザイン画を見た後では、ウンザリしてしまうような重さがある。
「素敵でしょう?」
「どうぞ、お手に取って付け心地をお試しください」
「……これをデザインしたデザイナーは?」
「生憎と工房にこもっておりまして。呼びましょうか?」
オーナーは私の言葉に嬉々として応じる。
「それには及ばない。手に取ってもよろしいのですか?」
ダイヤを見た瞬間に感じた違和感を確かめるために、そう問いかければ、オーナーも律子様も表情を輝かせる。
私が指輪に興味を持ったとでも思ったか。
残念なことだが、持った興味は逆方向だ。
「ええ、どうぞ」
にこやかに応じるオーナー。
「では、失礼して」
私は自分の鞄からメモ帳を取り出した。
純白の紙を一枚破り取り、ガラスケースの上に置く。
そうして、リングを摘まみ上げ、白色球の傍で眺めた後、メモの上に乗せた。
「ダイヤはどちらで仕入れられておられるのですか?」
ダイヤモンド・シンジケートで有名な会社が世界で産出されるダイヤの原石の7割を取扱い、供給量や価格を決めている。
ここの名を告げれば、ある程度の信用を得ることができる。
それほどまでに大きなシンジケートだ。
しかし。
「ダイヤモンドは直接バイヤーが現地に買い付けに行っておりまして……」
「では、どこの産地のモノを?」
「それは……申し上げることはできかねます。企業秘密というものですから」
にこやかに誤魔化すオーナーに、私は笑った。
「瑞姫様?」
「律子様、私が友禅作家ということを覚えていらっしゃいますか?」
「え、ええ。もちろん」
いきなり切り出した私に、律子様は戸惑ったようだ。
「下絵は日本画の手法で、岩絵の具を使っております。岩絵の具をご存知ですか?」
「岩絵の具?」
「ええ。原材料は鉱石、つまり色石です。有名な鉱石は瑠璃、つまりラピスラズリですね。つまり、宝石と呼ばれる貴石や、半貴石を材料としているのですよ」
「え、ええ。それが?」
「私、これでも宝石を見慣れておりまして、大体の色で産地や等級がわかるのですが。残念なことに、この中でまともなダイヤはありません。これは一体どういうことでしょう?」
その言葉に、オーナーも咄嗟に反論できなかったようだ。
傍に控えていた販売クルーも目を丸くしている。
「プリンセスカット、これはダブレットですね。表面だけが本物で、下はガラスを張り合わせた処理石です。そして、こちらのマーキスとラウンドは人工ダイヤです」
「人工ダイヤ? あの、ジルコニアとかいう?」
「いいえ。人工的に作るダイヤモンドにもいくつか種類があるのですよ。これはジルコニアではありません。ですから、人工ダイヤと呼ぶのですが」
「お待ちください、お客様! これが偽物と呼ぶのでしたら、それ相応の証拠が御有りなのでしょうね!?」
さすがに怒ったらしいオーナーが私に詰め寄る。
私は、メモを指先で突いて見せた。
「証拠は、これですが?」
「は?」
「あなたは、先程、DランクのFLだと仰った。Dランクは無色透明。ここに映る影は、当然無色でなければならない。何色に見えますか? この影は」
淡いが、はっきりとした灰色の影が映っている。
「律子様。クリスタルガラスの最高級品の影は何色かご存知ですか?」
「え? それは、もちろん、透明でしょう?」
「いいえ。クリスタルガラスは、鉛の濃度でランクが変わります。最高級は鉛の濃度が大きくなりますので、当然色はグレーが濃くなります。逆に、ダイヤは純度が命ですから無色が一番尊ばれる、つまり、影はほぼ出ない。しかし、この紙に映った影はグレー。つまり、透明に見えても不純物が混じっている人工物ということです。それから、この地金は、プラチナではなくホワイトゴールドですよ。色が違います。プラチナの色はこちら」
私は自分のシャツの袖からカフスボタンを取り外し、リングの隣に置いた。
「中に、刻印があるでしょう? プラチナの純度を示す刻印と、金の純度を示す刻印、表示が異なるんですよ。これがこのリングがホワイトゴールドであるもう一つの証拠です」
懇切丁寧に説明すれば、律子様の顔色が変わる。
「それから、ラウンドの表面にスクラッチがあります。高度10のダイヤの表面にスクラッチがあるとはどういうことでしょう? そしてそれがFLとは?」
その言葉に、律子様がラウンドカットのリングを摘まみ上げ、表面に浮かぶひっかき傷に表情を変えた。
「これは、どういうことなのかしら!?」
「私の見立てとしては、ブライダルには使えませんが、ファッションリングとしては充分だと思いますよ。まあ、値段はデザイン料をどのくらい取るかはわかりませんけれど、せいぜい高くても10万以下でしょうね」
「……10万」
律子様がぼそりと呟く。
これは、そうとう値段を吹っ掛けられたな。
「デザインも斬新なものではなく、どこかで見たような野暮ったさが抜けていませんし。これをブライダルとして推し進めたとしても、見向きもされないでしょうね」
「野暮ったいとは心外です! 彼は新人デザイナー登竜門のコンペで特別賞を受賞したと……」
「それは、奇遇ですね。私の友人もその登竜門で特別賞を受賞しておりますよ」
変な話だな。
私はそれを後からネットで検索して橘の名前を確かに見つけた。
だが、特別賞の名前は橘1人しかなかった。
だから私は、個人用のスマホを取出しそのページを探し出すと、オーナーに見せる。
「これが、私の友人の名前です。他に特別賞の方の名前は見当たりませんが?」
にこやかに告げた後、私は立ち上がる。
「律子様には失望いたしました」
「瑞姫様! わたくしは……」
「その身を飾る宝石がガラス玉だとしても、律子様は見抜けないということなのですね。その方が薦めるリングを誰が受け取りましょうか?」
「瑞姫様!!」
「二度とお会いすることはございませんが、さようなら」
カフスボタンを留め直して立ち上がると、私は振り返りもせずに出口へ向かう。
途中、OLさんらしき女性たちが私を見てぽかんとしたあと、肘をつつき合って何かを囁いている。
「瑞姫様! お待ちになって!!」
私を追いかける律子様の声。
「やだ、何? あのオバサン! あんな高校生を追いかけるなんて気持ち悪ーい!」
今のは彼女たちの声だろうか。
聞こえるように言うあたり、度胸がある。
(確かに、オバサンだからね、律子様は)
くっくと意地悪く笑う瑞姫さんが切り捨てる。
(一般人から見れば、イケメン高校生を追いかけて言い寄る若作りのオバサンだからねー)
世の中というものは厳しいな。
律子様の声を無視して店の外へと出れば、そこに疾風が待っていた。
「終わったか?」
「うん。終わり」
「年寄りの相手は疲れただろう? 早く帰って休もう」
迎えの車へと誘う疾風と一緒に歩けば、背後で悲鳴に似た嬌声があがる。
「何だろう?」
「……気にしない方がいい」
微妙な沈黙の後、疾風は首を横に振る。
「そうか。ご隠居に報告することがたくさんあるな」
車に乗り込み、シートに身を預けると、私は目を閉じて呟く。
車は相良家へと向かって静かに発進した。