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 誰でも一度は己の存在意義について考えたことはあるだろう。

 何故、自分という自我があるのか。

 何故、自分は自分なのか。

 何のために、生きているのか。


 これの方向性を間違えば厨ニ病まっしぐらだけれど。


 私は今現在、その答えを探している。

 何故、瑞姫の意識の中から『私』が現れたのか。

 何故、前世の記憶が必要だったのか。


 答えはまだ見つからない。




 見つからない答えというモノは、世の中にはごまんとある。

 何故なら、物事というのは両側面あるからだ。

 側面じゃないな、多方面から見ることができる。

 たった一つの出来事なのに、いくつもの視点からいくつもの答えが出てきて、結局何が正しいのかわからなくなる。

 何を言っているのかというと、詩織様のことだ。

 詩織様の行動の意図は、詩織様本人にしかわからない。

 だけれど、傍から見ればいくつもの捉え方ができる。

 彼女を慕う者からの見方、私に同情する者からの見方、どちらにも組しない者の見方。

 諏訪本家に招かれてわかったことがいくつかある。

 私の盲点だった分家の考え方、本家から分家への意思。

 詩織様がいい人かいい人でないかなど、私にとってはどうでもいいことだ。

 彼女が何を考えて行動したかというほうが重要だ。

 彼女の行動の結果、今の私の状況がある。

 それに対して諏訪本家が重い腰を動かした、というのが先程の招待の意味だろう。

 私を見て、分家をどうするか決めるという。

 もうすでに動いたのか、それともまだなのか。

 八雲に会いたいとメールを送り、急いで相良本邸へ戻る。




「八雲兄上!!」

 車寄せから玄関に入ると、迎えに出て来た八雲の姿を捉える。

「何をそんなに慌てているんだい? 僕のお姫様は」

「姫という冗談は後にしてください。諏訪家は動きましたか?」

 のんびりと穏やかに笑う兄が差し出した手を掴み、間近で問いかける。

「……そんな情報はまだ入ってないけど。動くと読んだのかい?」

「先程まで諏訪家に招かれていました。当主御夫妻がお茶会と謀って私と直接接触してきました」

「何だって?」

 穏やかに笑っていた八雲の表情が瞬時に凍える。

「おそらく、私を見て、分家の扱いを決めるのかと……」

「それで?」

「途中で逃げ出してきました。兄上たちが掴んでいることを喋らされてはたまりませんからね」

「まったく……瑞姫の野生のカンには驚かされるね」

 凍っていた表情が再び柔らかなものへと変わる。

「おいで。僕の部屋で話そう」

「あ。着替えてきますので、少々お待ちください」

「そのままでいいじゃないか。瑞姫の着物姿なんて滅多に見れないし、似合ってて綺麗なんだから」

「兄上、そのシスコンは改めていただきたい。兄上と婚約してくれる奇特な女性が現れても妹を最優先するような男では、即座に見捨てられますよ」

「僕以上に瑞姫を優先してくれる人を選ぶから大丈夫。蘇芳兄さんがいい例だろう?」

 私をがっつり抱え込むと、八雲はそのまま歩き出す。

「兄上!!」

「お兄ちゃんと呼んでくれなきゃ、お姫様抱っこで運んで、そのまま膝の上に座らせてあげてもいいんだけど?」

「断固抗議いたします。兄とも呼びません」

「まったく強情なんだから……可愛い妹を可愛がる兄は正義なんだよ?」

「ただの変態です」

 勝負は我にあり。

 さすがに変態には堕ちたくなかったのか、八雲兄はあっさりと手を放してくれた。

「残念だけど、時間がそこまで取れないんだ。ごめんね、瑞姫。おまえの話次第では、すぐに動かなければならないだろうし」

「わかりました。では、このままで失礼させていただきます」

 襖を開け、八雲兄の部屋に入る。

 純和風の畳の部屋にパソコンなどが置かれているのが少々異様だが、広い部屋だ。

「ところで、何で友禅作家が自分がデザインした友禅じゃなくて江戸小紋を着てるの? お茶会の御呼ばれだよね?」

 私の為に座椅子を用意しながら八雲が着物を見て不思議そうに首を傾げる。

「……お茶会なのに」

 華やかな手描き友禅は、晴れやかな場によいが、小さな模様を染める江戸小紋は落ち着いた雰囲気があり、訪問着にはよいがあまり人が多いお茶会などには着ていかないものだ。

「この小紋、曾祖母様の若かりし頃のお着物だそうです。お祖母様が以前、蔵に入っていたものを虫干しするときにそのまま出して私にくださったんです」

「へえ。そんなに年季が入ってるようには見えないな……って、話を逸らさない」

 きちんとセッティングした後、私が座りやすいように手を貸しながら釘もさす。

「招待状、諏訪の奥方様の手書きだったんです」

「ん? 普通、招待状はそうだよね」

「いえ。無駄がお嫌いな律子様は、面倒なこともお嫌いで、人が多いお茶会の招待状は印刷か、他の者に代筆を頼まれるんです」

「なるほど。それは、わかりやすいね」

「ええ。招かれたのが私ひとりだというのは、すぐにわかりました」

「だから、江戸小紋?」

「そうです。ちょっとした嫌がらせです」

 わかる人にはわかる、地味な嫌がらせ。

 和装をなさらない律子様にはわからなかったようだが、ご当主の斗織様はすぐにわかったようだ。

「さすがにご当主まで出てこられるとは、その時はわかりませんでしたが」

「なるほどね。だから、諏訪が動くと思ったんだ」

「はい。あちらの動き如何では、兄上たちが調べられたことを御祖父様に……」

「ちょうど先程渡してきたところだよ。瑞姫が諏訪家に呼ばれたことは御存知だったから、中身確かめられたら動かれるかもしれないな」

 納得顔の八雲兄は、視線を庭へと流す。

「瑞姫には詳しく教えてなかったけど、酷い内容だったよ。事件が起きる数年前から諏訪分家筆頭の当主は自分が任された会社の利益を横領していたり、そのうち相良が手を引いて赤字転落したら粉飾決済を始めたり、その間、ギャンブルにそのお金をつぎ込んだりしている。それから、詩織さん以外の子供が外にいるらしい。認知はできないよね、あの当主は婿養子なんだし」

 綺麗と評するに相応しい整った顔は、繊細でいても女性的ではない。

 私とよく似ているという評判なので、私の顔は女性的ではないということか。

「ギャンブルでも大損で借金を抱え込んで、その負債を昇華するために相良と縁づくことを考えたらしい。つまり、詩織さんを僕に宛がおうと、ね。僕から相良の金を引き出して、負債に充てようという考えだったようだ。まあ、詩織さんが僕のことを好きだということは昔から知ってたけど、勉強はそこそこできても頭が悪い子には興味ないし」

 何だろう。

 『冷徹な貴公子』とか呼ばれてる兄が鬼畜に見える。

 実は、冷徹じゃなくて鬼畜な貴公子だったのではないだろうか。

「ここで、普通の神経している御嬢さんなら、自分が傷つけた子のお兄さんの婚約者になんか、到底なろうなんて思わないよね?」

 ちらりと八雲兄が私に視線を流す。

 色気ある眼差しと騒ぐ人もいるだろうが、正体を知っていればこれが色気だとは思わない。

 八雲の正体は、ただのシスコン。

 ゲームでのあの爽やかで穏やかでカッコいい八雲のイメージが今はもう微塵もない。

 私の純情を返してほしい。

 かつての私なら、きっとそう思うだろう。

「ところがあの子は、本当に吹聴してるんだよねぇ……瑞姫の姉になるのは自分だと。おかしいでしょう? 僕の妻じゃなくて、瑞姫の姉だよ?」

「……私もその件については色々噂を耳にしているが」

「自分が矢面に立って、瑞姫を守るつもりでいるらしい。僕の妹を、加害者がだよ?」

 思わず八雲の顔から目を逸らす。

 見てはいけないものを見てしまった。

 酷薄そうなとか残虐なとかいう言葉が似合いそうな笑みを浮かべるイケメンって迫力がすご過ぎる。

 ぞっと身の毛のよだつ表情だった。

 どんだけ詩織様が嫌いなんですか!?

 嫌いっていう言葉が可愛らしく思えるほど憎悪しちゃってますか。

「いい加減、眺めてるだけも厭きたし。どうしてやろうかな」

「八雲兄上、一言、言いたいのだが」

「このこと、兄さんも姉さんも全員知ってるからね」

 にっこりと穏やかで爽やかな笑顔を浮かべて八雲兄が言う。

「アナタ方、どんだけ末っ子が好きなんですか?」

「そうだね。瑞姫のためなら法律変えていいくらい大好きだよ」

 なかなかに不穏な発言をさらりとしてくれたぞ。

「現法遵守でお願いします。違法行為を合法にしては困ります!」

「瑞姫はカンがいいね」

 苦笑した八雲兄が私の頭をそっと撫でる。

「さて、もうそろそろ行かないと。瑞姫は部屋で休んでいなさい。顔色が悪いよ」

「大丈夫です」

「ダーメ! 諏訪家でストレス抱えて来たんだろ? 今のおまえにはストレスは厳禁だ。せっかく閉じた傷口が開いたらどうする?」

 ちょっ!

 今の『ダーメ!』は萌えを振り切って滾りそうになったっ!!

 何で妹相手にそんな甘い声で言うんだ、兄よ!

 滾ったおかげでストレス解消したって言ってもいいかな?

「東雲の女子の制服、よく似合ってたのに、ワザと男子用を着てるのは、傷を見せないっていうよりもストッキングやレギンスなんかで傷に負荷をかけないのと、傷口が開いたときに対処しやすいように、でしょ? 姉さんから聞いてるよ」

「や、その……」

「素直に言うこと聞かないと、運ぶよ?」

「わかりました。休みます」

 脅迫されて、しぶしぶ頷けば、八雲兄の表情が渋くなる。

「抱き上げて運ぶのが罰になるなんて……」

 シスコン退散、であります。

「詳しいことがわかったら、メールでもいいので知らせてください」

「わかったよ。兄さんたちにも伝えておく」

「ありがとうございます。では」

 パズルのピースを埋めていくように情報を少しずつ集める作業は嫌いではない。

 だけど、分析をするというところになると、やはり兄たちには到底及ばない。

 末っ子を猫可愛がりしてくれる甘い兄姉をありがたいと思いつつ、私は自分の部屋に戻った。


 本当に今日はとても疲れる1日だった。

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