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柔らかな光が降り注ぐ、優しげな春の初め。
大講堂から静かに姿を現したのは、胸に花を飾り、卒業証書を手にした卒業生たち。
一様に晴れやかな表情を浮かべているが、感極まって涙を浮かべている生徒はほとんどいない。
それもそうだろう。
ここは幼稚舎から大学部まで一貫した教育システムを持つ私立校なのだから。
余程のことがなければ中学卒業で他の高校へ外部受験する生徒はいない。
また来月、否、数週間後には同じ顔ぶれで高等部への入学式を執り行うのだから。
だが、見送る者はそうもいかないようだ。
女子生徒は数人が固まって、肩を抱き合い涙している。
それらを苦笑を浮かべて見守る卒業生たち。
去年の自分たちもそうだったなどと思っているのかもしれない。
私にはわからない感情だが。
私こと相良瑞姫は所謂、『前世の記憶』というものがある。
自覚したのは中等部1年の秋。
とある事故に巻き込まれ、生死の境を彷徨い、何とか一命を取り留めて意識が戻った時だ。
名前は伏せておこう。
もう、私は『彼女』ではないのだから。
私の知る限りでは、『彼女』はきちんと4年制大学を卒業し、就職をして無事に2年目をクリアしたところまでの記憶がある。
そのあとどのような経緯で『私』になったのかは、わからない。
一般的なライノベでは死因と転生までの経緯を覚えていることが多いようだが。
そこまでライノベにのめり込んで読んでいたわけではないので、断言はできない。
目を覚ました時、傍にいた家族らしき人々がすべて見知らぬ人であったということに対し、私はパニックを起こさなかった。
何故なら、寝起きでボケていたこともあり、夢を見ているのだと思い込んでいたからだ。
病院のベッドで何度寝起きしても、周囲の状況は変わらない。
ようやく何かがおかしいと思い始めたとき、ベッドの柵に掛けてあった自分の名前に気付いて驚愕した。
『相良瑞姫』
私はこの名前に見覚えがあった。
そして、見知らぬ人だと思っていた家族のうちの一人、年近い兄の顔にも見覚えがあった。
やはり名前も知っていた。
相良八雲という名前の兄は、本来ならば私の一つ上になるはずだが、何故か5歳も年が離れていることに驚き、違うと叫びそうになった。
徐々に混濁していた記憶が整理され、愕然とした。
相良瑞姫が知っていることと、『彼女』が知っていることが似通っていて、そうして全く違っていることに。
前世の私の記憶では、今、私が生きているこの状況が、乙女ゲームの『セブンスヘブン』の設定とそっくりであり、ところどころ違っているということ。
そこそこゲームヲタクで、声フェチであった彼女は、好きな声優さんとイラストレータのキャラデザであるこのセブンスヘブンに期待して、わざわざ予約までして買ったのだ。
ところが開けて黄昏た。
主人公が残念すぎるのだ。ストーリーに無理があり過ぎ、主人公の性格が酷評されるという悲しきゲームであった。
それでもフルコンプしてしまったのは、主人公を除くキャラ設定がなかなかであり、好きなイラストレータさんであり丼飯5杯はイケそうな演技上手な声優さんのためであった。
ちなみに、これには第2弾がある。タイトルは『セブンスゲート』だ。
あまりにも残念すぎたため、これは買わなかった。
噂ではゲートをフルコンプすると8番目の扉が開くそうだ。
気にはなるが、主人公が変わってなかったので諦めた。そう、己の精神安定のために。
どういうゲームかというと、主人公東條凛は高1の冬に事故で両親を失い、母方の祖父母に引き取られ所謂『お嬢様』となった。
なんでも両親は駆け落ちしていたらしい。
母親が名家である東條家の娘で、父親は使用人の子供という実にベタな話だ。
娘の死を知った東條家の当主が、残された凛を引き取り、東條家の令嬢として相応しい教育を施すために東雲学園に転校させることになる。
東雲学園には学園七騎士と呼ばれるイケメンが揃っており、トラブル吸引体質である凛は彼らと知り合い、心を通わせていくというこれまたありがちな設定だ。
その学園七騎士と呼ばれるイケメンたちと私、相良瑞姫は非常に縁深く、凛の当て馬的存在なのだ。
凛の酷評とは反対に、瑞姫の評価は非常に高かった。
彼女が主人公であればよかったという声が出るほどだ。
だが、瑞姫の設定はどこをどう見ても当て馬でしかない。
何故なら、王道ツートップのひとり、相良八雲の妹だったからだ。
完璧なお嬢様と名高い相良瑞姫であったが、現在の私とはかけ離れた存在だ。
何故なら、現在の私は、非常に残念なことに学園七騎士の一人であり、完璧な王子様という評判をいただいてしまっているからだ。
現在、中等部を卒業したばかりの私だが、気持ちはゲーム開始である2年後の始業式を戦々恐々としている。
どうか女の私が攻略対象になっていませんように。
切実たる願いである。