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オレ様が実はヒメ様なんだとさ  作者: 泉谷パーム
第一章 乙女の世界
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実況プレイヤー“姫神”

「はーい、どうも。『姫神』です。『ダークネイド3』の実況……たしか5回目か。パート5をやっていきたいと思います。えー、前回炭鉱のボスを倒したところまで進んだので、今回は銀竜石を……えーっと、名前なんだっけ? サンタさんじゃなくて……まぁあの髭が印象的な町長に渡しにいくところから始めていきたいと思います」

 少年はパソコンに向かって話をしていた。

 もっと正確に言えば、少年の顎下に置き型のマイクがあり、少年はそこに向かって喋っていた。少年の手にはゲームのコントローラーが握られており、パソコンの画面にはゲームの画面が表示されている。パソコンからそばに置かれているゲーム機へとケーブルがつながっており、パソコンに表示されているゲーム画面はそこに入れられているゲームのものだと分かる。

「『ご苦労だったな。これで銀竜石は我が手中に収めた。感謝しているぞ。これで死んだ本物の町長も浮かばれるというものだ』『何だと!? お前は一体……』『ふはははは……最早貴様には用はない。ここで消えてもらう』……ってここでボス戦か。仕方がない、思いっきり楽しもうぜ!」

 少年は抜群の演技力で声色を変えながらキャラクターごとの台詞を使い分けていく。

 愛知県名古屋市にある小さなアパートの一室。蒸し暑いにも関わらずクーラーも扇風機も付けず、窓も開けていない。マイクに余計な音を拾わせない配慮だが、その代わりに少年は全身から滝のような汗を流していた。

「そういえばコメントで『今更ダークネイド3かよ。もう5まで出てるのに古くない?』ってあったんですけど、それは勘弁してくださいね。そもそもこのシリーズに手を付けたのが遅いほうで、しかも自分1から順番にクリアする主義なんで、いずれ4と5もやるつもりですよ。それにしても5ってかなり評判悪いですよね。詳しくは知らないんですけど『主人公が歴代最低』とか『4までの良作シリーズを完全にぶっ壊した』とかしばしば聞くんですけど、自分的には……」

 そこまで言いかけた途端、部屋のドアが勢いよく開いた。

「ちょっと、静かにしなさいよ!」

「げ……すみません、一旦中断します」

 少年はマイクのスイッチとゲームのポーズボタンを押して、部屋に入ってきた女性のもとへと駆け寄った。

「おい霧華、勝手に人の部屋入ってくるんじゃねえよ!」

「いいじゃない。あんたの部屋は私の部屋、私の部屋は私の部屋」

 目尻を吊り上げながら言い訳をするのは、少年の母親、黒木霧華。三十四歳という若さで市内にあるブティックをいくつも経営している。トレードマークの黒いロングヘアと白い肌から未だに二十代半ばに見られることも少なくない。

「またゲーム? やるのはいいけど、一人でぶつくさいいながらやらないでよ」

「あのなあ、前からいってるけどこれは実況プレイで、俺の声を録音してるの!」

「知ってるわよ。お喋りしながらゲームやって、動画共有サイトにアップするんでしょ」

「知っているなら邪魔するな。これはオレの秘かな楽しみなんだから」

「ったく、勉強もしないで何やってんだか……」

「うっせーよ! 人の顔見れば勉強、勉強、受験、受験、勉強、受験、以下繰り返し……お前は勉強時空発生装置かよ!?」

「そういうあんたも毎日毎日実況、実況って、そんなに実況がしたけりゃ実況村の村人になりなさい!」

「俺だってちゃんと勉強してますぅ! 一年の時に試験で三十位以内に入らなかったことなんてないしぃ」

「あーはいはい。もう分かりました」霧華はおもむろにマイクのスイッチを付けた。「はーい、実況再開しまーす。あ、私? なんと、姫神の母でーす。え、お姉さんだと思った? キャー、どうしよう!? てれちゃうなぁ~。てなわけで、今回は私を含めて二人で実況をしていきたいと思いまーす!」

「おい、てめぇ! 勝手に入ってくるんじゃねえ!」

 必死で静止しようとする龍華だが、既に霧華の声がはっきりと入ってしまい、その後もずっと霧華に割り込まれながら実況していくこととなった。

 余談だが、この日の動画はかつてないほどの再生数を記録したという――。


 翌日――。

 龍華は昨日のことを考えながら重い足取りで学校に向かった。

「おい、龍華。昨日の動画見たで! やっぱお前の母ちゃん可愛ええよな!」

 校門前で、龍華は顔見知りの男子生徒に声を掛けられた。同年代の中でも比較的長身で、体格のいい金髪の少年。三重の出身であるために口調はかなり訛っている。

「見たのかよ……あれだけは見て欲しくなかった」

「何言ってん。母ちゃんすっげー人気だったんやで。昨日のうちに密かにファンクラブ紛いのものまでできていたぐらいやし」

「あ、悪夢だ……」

 龍華はがくっと頭を垂れる。

 この金髪の少年、宮瀬海斗は小学校時代からの友人で、学校内で唯一彼が実況プレイをしていることを知っている人間でもある。

「ところでな、龍華」

「なんだよ?」

「前々から聞きたかったんやけど」

「何をだよ?」

 海斗は一瞬咳払いをした後、真剣な眼差しで龍華を見つめた。

「お前って部活とか入らへんのか?」

「ないかな」

 間髪を入れずに龍華が答える。

「なんやなぁ。お前ってやっぱ普段ストイックというか淡々としているというか、そういうところあんのな。実況の時はあんだけ面白いトークしているのにな」

「そっか?」

 軽く首を捻る龍華。

「お前はもっと自分を客観視したほうがええと思うで。折角成績も悪くないし、何気に女の子にも人気があるしやな……」

「そういうのは客観視っていわないだろ。それにオレは、今はやりたいことをして生きていきたいんだ」

「やりたいことって、もしかして……」

「とりあえずは実況」

 はぁ、とため息を点く海斗であった。

「いや、俺的には実況も続けて欲しいけどな……もう少しお前は広い視野というものがないのかと問いたいわ」

 海斗は頭を抱えながら質問する。

「ふっふっふっ……」

 突然気持ち悪い笑い方をする龍華。海斗はますます頭を抱えた。

「ど、どないしたんや……」

「宮瀬氏。君は一体何を言っておるかね。その答えは明白じゃないか」

「はい?」

「今の日常を見てみろ。社会という檻の中に囚われ、学校に行って授業受けて帰ってくるだけの日常を繰り返して、何が楽しいんだい?」

「何がって言われてもな……」

「平和な世界、楽園、ユートピア……確かにオレたちの先祖はそういったものを求めて旅をしてきた」

 何故か龍華は太陽の方角を見つめた。

「しかし、今の人間はこの世界を最良の地と思い込み、旅をすることを諦めた」

「そうかぁ?」

「だからこそ! オレは“冒険”を求める! オレが実況をやっているのは現実ではありえないものを求めているだけに過ぎないのだよ!」

「中二病……」

 ぼそりと呟く海斗。

「何か言ったか?」

「別に……ま、次の更新楽しみにしているで」

 あからさまに適当な声で答えた。

 話かけ辛くなったのか、そのまま二人は無言で歩いていた。

 そのとき――。

「はい、そこの二人ストップ!」

 昇降口付近で一人の女子生徒に呼び止められた。

 二人ともよく知っている少女だった。ショートヘアで黒縁眼鏡を掛け、いかにもな委員長といったスタイルをしている。「風紀委員」という腕章を装着し、彼女が何の仕事をしているのかは誰でも分かるようになっていた。

「これはこれは、夏野雪さんではありまへんか。おはようございます」

 海斗は小馬鹿にしたような口ぶりで彼女に挨拶をする。

「おはよう、と言いたいところだけど、ちょっといいかしら?」

「何かな? スリーサイズなら秘密やで」

「興味ない」

 海斗の冗談をあっさりと一蹴した。

「宮瀬君、一体いつになったらその頭髪を黒くするの?」

「えー、これ地毛なんやけどなぁ」

「嘘おっしゃい! それにその服も上のボタンを開けて、だらしないったらありゃしない」

「へいへい。お母さんごっこだったらよそで頼むわ」

「それに黒木君!」

 今度は龍華の方をキッと睨みつける。

「オレかよ!? 見りゃ分かると思うけど、オレはこいつみたいに制服を着崩してもいなけりゃ髪も染めてないぞ!」

「そうね。でもその髪の長さは何?」

「長さって……」

 確かに龍華の髪は長い。昔から短髪にするのが嫌いな龍華は、肩に掛かるか掛からないかぐらいまで伸ばして後ろで束ねている。そういった髪型をしている男子は校内中探しても龍華ぐらいだ。

「なぁ、海斗。校則に髪の長さの規定ってあったっけ?」

「ないわな」

「なくても、常識で判断できるでしょ。もう中学生なんだし」

 二対一の睨み合い合戦が始まる。

「常識やて!? お前の名前のほうが常識外れやないのか。“夏の雪”って、季節感皆無の古い恋愛ドラマのタイトルみたいな――」

 龍華はぐいっと海斗の袖を引っ張る。

「ちょっと海斗。夏野の前で名前を馬鹿にしたら……」

「あっ……」

 二人とも以前同じようなからかいを受けた雪を目撃したことがあった。もちろん、からかった奴がその後どうなったのかも――。

「私の名前を……」

 雪の声色が険しくなる。

「ま、待てって。俺が悪かったって! だから早まるな……」

「馬鹿に……馬鹿にしないでえええええぇぇぇ!!」

 ドシュン!!

 空気を掠める音が耳に聞こえてくる。

 そして気がつくと握り拳を前に突き出している雪と、遥か後方で壁にぶつかって伸びている海斗の姿があった。

「いいパンチ、もってるやないか……ぐふっ!」

「うぇん、うぐ、ひくっ――」

 雪は涙を流しながら本気で泣いている。

「おーい、海斗大丈夫か?」

「な、なんとかな……」

 海斗の顔面はまだ赤く腫れ上がっていた。

「ったく、悪かったよ。オレが言ったわけじゃないけど、こいつの代わりに謝っておくよ。それで許してくれ、な?」

 龍華は雪の肩をポンと叩いて顔を覗き込んだ。

「う、うん……」

 その瞬間、雪の顔がぽっと赤くなる。

「ま、まぁ今回は見逃してあげるから、次はちゃんと身だしなみを整えてきなさい。それじゃ!」

雪はすぐさま我を取り戻してその場を去っていった。

「何だったんだ、アイツ」

「さぁ……? とりあえず俺は口すすいでくるわ。口の中が鉄臭くてかなわん」

「あ、あぁ。お大事にな」

 全身をよろめかせながら海斗は去っていった。

「さてと、それじゃあ今日も退屈な授業を終わらせて、さっさと家に帰って実況を――」

「くーろっきくん!」

 またもや聞き覚えのある声が龍華の耳に届いた。非常に可愛らしい声だ。

「この声は――」

「やっぴょう!」

 突然背後から何者かに抱きつかれた。

 振り返ると、そこにいたのはブロンドの髪をツインテールにした美少女。小柄で小動物をイメージさせる。

しかし彼女は正確には“美少女”とはいえない。いうなれば“彼女”という表現もおかしいのである。

「片桐先輩」

「なぁに?」

「やめてください」

「もう、ちょっとハグっただけじゃない」

 龍華を抱きしめたまま顔をこすり付けてくる少女。ちなみに“ハグる”とは彼女、片桐時雨の用語で“ハグをする”、つまり抱きしめるという意味である。

「人前で抱きつくのを止めろと言ってるんです。あとその妙な日本語も」

「もう、黒木君って初々しいんだから!」

「だからやめてください。オレは男に抱きつかれる趣味なんてないんです!」

 とうとう剣幕でまくしたてる龍華。

 ――そう。

 彼女、いや彼、片桐時雨は男である。

 見た目に限って言えば、ぷっくりと整った唇、透きとおった頬、長い睫毛、全てが美少女である条件を充たしている。しかしその身体的構造と染色体は間違いなく男性のものである。そんな時雨に騙された男と騙されてもなおアタックし続ける男は数知れない。

「いいかな、可愛くなりたい人に男も女も関係ないの。可愛くお化粧したい、素敵なドレスを着たい、白馬の王子様が現れて欲しい、黒木君だってそんな願望の一つや二つ今までに抱いたことあるでしょ?」

「オレは男です。大抵の男はそんなのありません」

「えー、そんなぁ。せっかく黒木君可愛いのに……ホントに、“男の娘”にしたいくらい」

 龍華は背筋がぞっとなった。

「先輩……少しオレから離れてください。せめてオレの視線が届かないくらいに」

「もう、黒木君はお姫様になりたくないの?」

「なりたくありません!」

 時雨はぷぅっと頬を膨らませる。

「そっか、じゃあ仕方がないね……」

「分かってくれましたか? じゃあ……」

「黒木君にこの素晴らしい世界を教えてア・ゲ・ル!」

 そう言って時雨は懐からコンパクトを取り出した。

「さぁ、目を閉じて――。大丈夫、怖くないよ。次に目を開けたらそこは新しい世界だから……」

「や……やめろおおおおぉぉぉぉ!」

 龍華は抱きついている時雨を素早く振り払い逃げ出した。

「ああん、待ってよぉ! 冗談だからぁ!」

 二人の鬼ごっこは始業のチャイムが鳴り終わっても続いていた。


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