かけがえのないもの
教室から出て、俺は床に寝転がる。川上は突っ立ったまま俯いている。
「志多野、お前……」
そんなに俺の泣き顔がおかしいのか、地上に上がるなり境は腹を抱えて笑い出していた。
「なんだよ――!」
俺も、つられて笑う。
しかしいつまでも笑ってはいられない。まだ何も解決してないのだから。
「あい子ちゃん」
涙を拭いて立ち上がり、教室の前にいる彼女を呼ぶ。
「…………」
反応がない。
――何だろう。彼女から何も感じ取れない。ていうか、目の前に人がいないような……もちろん彼女はすぐそこにいる。
「あい子はここだよ」
その声は裏から聞こえた。途端、彼女は重力に任せて体が傾く。
「おっと」
それを境が支え、床にそっと寝かせる。
俺は、体を反転させる。そこに立っていたのは、あの三人の子どもたちと同じような光を放つ、両腕の無い少女だった。しかしそれは薄っすらとあるだけで、よく目を凝らすと少女越しに床の木目が見える。
「…………」
絶句? 開いた口が塞がらない? まさにそんな状況だった。
俺の目に映っているのは――、
『幽霊』
幽霊が居たっておかしくない。この霊学科で幽霊を見た生徒はもう何千人といるのだ。しかもここは数十年前に理由あって廃校になった小学校。そこまでしかあの先生は話さなかった。
ということは、あい子ちゃんが川上の身体を乗っ取っていたということだろうか。でも何のために……。
「どうしたの?」
今考えても仕方が無いか。まず、あい子ちゃんとあの三人を仲直りさせんとな。
「いいや」
首を横に振り、1―4の教室にいる三人を呼ぶ。
やっぱりこの子たちも幽霊だ。床の無い教室で、ずっと浮いていた。床があるところでも、足音などなかった。
俺の傍まで来ると、三人は動きを止める。
それからしばらく無言の空間が生まれた。境たちも空気を読んでくれている。
最初に沈黙を破ったのは、両足と片目の無い女の子。
「ごめんね……あい子ちゃん」
あい子ちゃんはずっとそっぽを向いていた。また暴れるかと思ったが大丈夫そうだ。
「私たち、あい子ちゃんとずっと遊びたかったんだよ……」
「――なら! 何で断ったの! あの時も、あの時もあの時もあの時も!!」
殺気立って声を荒げると、三人は少し怯んだ。しかし、負けじと言葉を続ける。
「あい子ちゃんのなくし物…………探してたんだ」
片腕の無い男の子は真っ直ぐにあい子ちゃんを見つめた。そのあい子ちゃんは、何のことか分かっていないような顔をしていた。
「両腕――あい子ちゃんの、両腕」
「……」
今の殺気が吹き飛んだように、俯き黙りこくる。
「七並べ好きだったよね。でも、腕なかったらできないでしょ?」
「だから僕たち、必死に探したんだよ。またみんなで楽しく、笑って遊べるように――」
「見つかるまでは遊ぶのはやめとこう、って約束したんだ。あい子ちゃんの悲しむ顔が見たくなかったから……」
俺には、彼らが幽霊だとは思えなくなっていた。だって……友達のためにこんな一生懸命で、思いやっていて……。
「――たのに……」
両腕の無い少女は、ぼそりと呟いた。上手く聞き取れない。全身を包んでいる淡い光とは違った、頬を伝って零れ落ちる光が見えた。
「よかったのに……そんなこと」
顔を上げ、涙を流しながらもその表情は柔らかかった。
聞いている俺も、涙腺が崩壊寸前だった。それは俺に限らず、境たちも同じで肩を震わせている、阿部なんか号泣していた。
「……やっと話せた」
「見つかったんだよ」
「あい子ちゃんの……両腕」
三人は一人ひとり告げていく。
「!!」
もう、あい子ちゃんからは涙しか出ていなかった。
「すぐ言おうと思ったんだけど、言えなかった……きっと聞いてくれないんだろうなって、何年も」
「そんなとき、志多野さんとあい子ちゃんが遊んでるところ見て……志多野さんのお友達に化けて、一緒に遊ぼうと思ったんだよ。そしてこのことを伝えると決めたんだ」
片目の失っている女の子は饒舌に語っていった。
「今まで――――ほんと、ごめんね」
彼女たちの想いが伝わってきたような気がした。きっと彼女たちも苦しかったんだろう
遊びたいのに断らなくちゃいけない。それは大切な友達を傷つけないために。でもそれが逆に友達を傷つけていた。
「ううん、あい子こそ……ごめんね。そして、ありがとう」
この空間の中で涙を流さなかった者は、いなかった。
「志多野さん、ありがとうございます。志多野さんのおかげで、あい子ちゃんとまた遊べます」
俺の身長の半分も無い小柄な少女たちは、深々と頭を下げてくる。こういうところを見ると、俺のほうが年下に見えてしょうがない。
「いや、四人で仲直りしたんだ。俺は何もしてない」
涙を噛み殺しながら無理やり笑顔を作って吐き出した。
「最後にお願い聞いてくれますか?」
「おう。何だ?」
断る理由など探しても見つからなかった。
「あい子ちゃんの腕を、埋めてやってください。お願いします」
「任せろ――!」
こっちです、と案内されて三人に着いて行く。川上は阿部が背負ってくれた。
場所は、今回の実習の目的地である保健室だった。
それ以上は思い出せない。ほぼ無意識で、老朽化している引き出しから二つの細い腕をベッドのシーツで包み、校舎の外の近くにあるあい子ちゃんの墓へ埋めた。それくらいの曖昧な記憶しかなかった。腐乱した自分の腕を見て、あい子ちゃんが何か言っていたような気がしたが、内容は分からない。
「ありがとうございます、志多野さん」
照れくささを笑顔で誤魔化す。
更新遅くなりました。
読んでくださりありがとうございます。
まず、コメディーじゃなくなっているような気がしてならないです。
こんな重い話はこれで最後にしたいところ……。
地の文がこんなんでいいのか、とても不安。
次からはもう超、超はっちゃけさせるつもりです。
もっと変態要素マックスで明るすぎる高校生活をお送りします!
次話をお楽しみに。