真
「……あんなやつらなんか……知らないもん!」
血相を変え、俺の手を掴んだ。
「だからね!? 行こ!? 絶対楽しいよ! そっちのほうがっ!」
強く荒い声は、あい子ちゃんの物ではなかった。何かに取り付かれているような……。
「…………」
俺は押し黙る。
「なんで何も言わないの? あい子のこと、嫌いなの?」
彼女を見ているのが辛い。でも、背けちゃダメだと思った。
「お前が行ってくれないんなら、この女と行くよ」
……この女? 誰のことだ? 田仲は廊下に突っ立っている。
「今の今まで気付かなかったんだね。ヒヒヒ」
奇妙な笑い声。ふと教室に目を向けた。
どういうことだろう。さっきは確かに床はあった。しかし今、教室に床はなく、巨大な穴が闇を吸い取るかのように口を開いている。
着いて行ったら俺、死んでたのか……? 考えただけでゾッとする。
三人は穴の上に佇んでいる。淡い光を放ちながら――。
俺は繋がれた手に沿って、彼女を見た。
「っ! 川上!」
そこにいたのは華美な色合いを持つ少女、川上だった。
「ここを降りれば、この女は素敵なところへ行ける……」
しかしそれは外見だけで、中身は全くの別物だ。
「川上! しっかりしろ!」
「無駄だって、女の意識はあい子が封じてるんだから!」
そういうことか……。ならこの手は、離しちゃダメだよな。
握っている右手に力を込めた。
「何? お前も一緒に落ちたいの? そう、なら……!」
「――くっ!」
力尋常じゃねえ! 幼女なのに! いや今だと川上なのか!? 分からん!
あい子ちゃんに引っ張られ、少し引きずられた。俺は空いている左手で窓枠を掴んで抵抗する。
「あ……い子ちゃん、もう、やめて……」
幼い声が聞こえた。
「前みたいに、あたしたちにわらって……?」
「とも……だ、ちでしょ?」
どうやらあの三人が喋っているようだ。
「うるさい黙れ!! あんたらなんか……友達でもなんでもない!」
「うおっ!」
ベキッという嫌な音がして、俺とあい子ちゃんは、宙に飛んだ。掴んでいた窓枠は見事に壊れている。
「まじかよっ!」
落ちる寸前に、穴に飛び出ていた床板を掴むことに成功した。
だが、まずい。
左手で木板を掴み、右手はあい子ちゃんの手が握られている。もしあい子ちゃんが暴れでもしたら……落ちる!
木板もそう長くは持たないだろう。ミシミシいっている。
「あい子ちゃん……」
あの三人の誰かがつぶやいた。
「気安く呼ぶな! あんたらなんか……あんたらなんか……」
――泣いている? ここからではよく顔が見えない。語尾の辺りが少し鼻声になっていた気がした。
悪さをした子には、ちゃんと叱らないとな。
「いつまで強情張ってんだよ……」
静かな口調で、少し怒気を含ませた。
「…………」
「あいつら、あい子ちゃんの大切な親友じゃねえのかよ!?」
最初、あい子ちゃんは俺に言っていた。
『あなた寂しいんだよね? だったらあい子と一緒だね』と。
俺はあの時寂しかった。境たちがどこか遠くの存在と感じてしまったから。
「……ずっと、あそんでくれなかった!!」
それは、あい子ちゃんの魂の叫びのようで……、
「ここに来てから……ずっと、ずっとずっとずっと!!」
物凄く痛かった。
「良かったじゃねえか」
「なんにもよくない!」
「今日、一緒に遊んでくれただろ。七並べ」
姿、感情はまさしく境たちそのものだった。しかし、こうして三人は姿を現している。
「しち、ならべ……」
少し間を置いて、
「じゃあこの、あい子の中にある恨みの感情はどうすればいいの?」
涙声になりながら、聞いてくる。いや助けを求めているんだ。
「そんなの簡単だ」
「…………?」
本当にこれであい子ちゃんを助けられるかは分からない。でも言うしかない。
「その恨みの感情の大きさよりも、もっと大きな、楽しい思い出を作ればいいと思うぜ……!」
「――どうやって?」
「そんなの、あの三人、もちろん俺とだっていい。俺の最高の親友も、呼んで来てやる、あいつらなら喜んで遊んでくれるぜ。今からでも遅くない。遊んで、遊んで遊びまくって……楽しい思い出を作りゃいいんだ」
次々と言葉が出てきた。
「でも、あいつら遊んでくれない」
「それは、しっかり話し合わないとダメだな。もしかしたら遊べない事情があったのかもしれんだろ?」
小さく頷くのが見えた。
上手くいったのか……?
「とにかく、ここから上がらないことには話が進まんな」
と言いつつも、この状態じゃ動けなかった。つかまっている木板は今すぐにでも割れそうで、力を加えれば落ちるだろう。
読んでいただきありがとうございます。
あれ、これってコメディーじゃないの?
自分で書いていてめちゃくちゃ自分にツッコんでいました。
このような人を説得させる、
という話は初めてなのでちゃんとできているか不安です。
もし自分があい子だったら……と考えて書いたつもりですが――
あと二話でこの話は終わりです。
三話目からはいつも通りの変態で馬鹿な日常を書いていくつもりです。