お引越し!の8
俺は――見事に風のみを切り裂いて、境に腹を切り裂かれた。いやまあ、血とか出てないけど。そしてその場に倒れた。
てゆーか卒塔婆に峰も刃もねえからな!
「諦めてちゃんと考えろ! 志多野の道はそれだけだ」
どうやらその道しかないらしい。
嫌だなあ。
「仕方ない……そーだなー、今日は質素に海苔と醤油とたくあんと米でいいんじゃないか?」
萌えもクソもない普通の立ち方をしてから言った。てか萌えとクソがある立ち方って何なんだ? 気になる……
「おお? これまた質素だな。なんで質素なんだよ」
「質素だからだ」
「意味わかんねえから」
意味が解らないらしい。
よし、そんな境のために俺が説明してやろう。
「質素とは、身なりや暮らしぶりなどに無駄な金を……」
「ストップ!」
境が先ほどと同様にストップ合図をする。
「誰が質素の意味を説明しろと言ったんだよ。それに何気に詳しいし」
「で、ライスタワー、海苔と醤油と時々たくあん……」
「おかずどこいったんだよ! ホウェアーイズおかず!?」
「ツッコミが早いぞ境。まだサブタイトルを言っていない!」
「まじかごめん。じゃあサブタイトルどうぞ」
申し訳ないように、境がどうぞと手を差し出す。
「海苔と醤油と時々たくあん、えっ? 俺のおかずはどこへ?」
「……ほんと、おかずどこだよ!!」
「それは映画を見てからのお楽しみだよ境」
「これ映画化すんの?」
「しないけども」
「じゃあ言うな!」
「境いいいい!」
突然、乱暴にドアを開けて前澤がやって来た。そのせいで境が腰を抜かしてしまった。
一瞬で空気が変わった。
「あんたいつまで待たせれば気が済むんだ! 早くしねえと店閉まっちまうだろうがよ!」
怒り狂っているせいでいつもの前澤と男の前澤が混じってしまっていた。なんというか……前澤はどっちかに分けたほうがやっぱりいいな。混じっていると凄まじく気持ち悪かった。
「いや、それはその……すいませんでした」
境が土下座して謝った。
「まあいいわ。今日の夜は寝かせないから、覚悟しときなさい」
あーーかわいそうに。前澤と一線を超えなければいけないのか……
やばい吐き気が。
今にでも境は失神しそうだった。
そんなに嫌なんだな。当たり前だけど。
「で、今日の晩ご飯は?」
「海苔と醤油と時々たくあん、えっ? 俺のおかずはどこへ?」
俺はすかさず答える。
「分かったわ」
「分かったの!?」
境が大声を上げている。
「当然よ。志多野の言うことは全部理解できるわ」
う~ん、嬉しいような……嬉しくないような……微妙なところだ。
「じゃあ買い物行ってくる。留守番頼んだわよ」
小さく一回だけ手を振り、前澤は出て行った。
「俺……晩飯まで考え事してくる……」
しょぼくれた顔をして境も部屋から出て行った。
考え事というのは聞かなくても分かった。俺だってその立場なら悩む。
「さて! 俺は晩飯まで寝るかな」
ベッドに入り、気持ちよく眠りに落ちていった。