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「今は、彼と一緒に住んでらっしゃるんですか?」
私がふいに聞くと、マスターは難しい顔をして笑った。
「一緒に住む…というのは違いますね。彼はほとんど、地下のあの部屋で過ごしていますよ。…あなたも行ったでしょう?あの店」
「…殺され屋、ですよね」
「そうです。本当は私も彼と一緒に住もうと思って、提案したんですよ。『私は自宅を改造して喫茶店を経営するから、君も一緒に住まないか』と。彼はそれを聞いて、かなり渋っていました。それからしばらくして、言ってきたんです。『お前の名義を貸してくれないか』とね」
「…それで、あなたの名義で借りたあの場所を使って、彼は仕事を始めた?」
「ええ。そして、テナント料と称して、その日の売り上げを毎日私のところに持ってくるんです。ですから彼とは毎日顔を合わせていますが、…それだけです」
そこまで話し終わると、マスターはため息をついた。
「私が知ってるのは、ここまでなんですよ。彼はそれ以外のことは何も教えてくれません」
「…。」
私はぬるくなったコーヒーを飲みながら、彼の声を思い出していた。
『俺はアクマ。だから、死なないんだよ』
「…彼はどうして、殺され屋なんて仕事をしているんでしょうか」
1週間ずっと考えていたことを、声に出した。死なないから、殺され屋をやる。理にかなっていると言えるのかもしれない。だけどやはり、おかしい。
生きるためにお金を稼ぎたいから。ならともかく、彼は不死身なのだ。
「申し訳ない。私にもよく分からないんですよ」
マスターはあごひげをこすりながら、すまなさそうな声を出した。その時
カランカラン
準備中にしたはずのドアが、開く音がした。私はドアの方を振り返る。小さくて細い、黒い影。そこに立っていたのは、ずぶ濡れになった彼だった。
「…あれ?準備中かと思ったら…。密会中だった?悪かったね」
私たちの方を見て彼は肩をすくめると、ポケットからくしゃくしゃになった1万円札を取り出した。
「今日はこれだけ」
カウンターにそれを置くと、彼は私の方を見上げた。濡れそぼった前髪からぽたぽたと水滴が落ちて、床に小さな水たまりを作っている。彼は私の顔を確認すると、マスターの方を睨むように見た。
「じいさん。あんた、昔話でもしたのかい?」
黙ってコーヒーをすするマスターを見て、彼は「はっ!」と笑った。
「別にいいけどね。いまさら何言ってくれても」
投げやりにそう言うと、もう一度私の顔を確認するように見た。
「気が向いたら、また店に来てよ。いつでも殺されてやるからさ」
彼の不気味な笑顔は、もしかしたら営業スマイルなのかもしれない。私は彼に向かって笑おうとしたが、見事にひきつった顔を彼に向けてしまった。
「…外はまだ雨が降ってるのか?」
マスターが彼に白いタオルを渡しながら、尋ねる。彼はそれを受け取ろうともせず
「降ってるよ。見て分からない?土砂降り」
そう言って笑った。私は窓の外に目を向ける。雨のせいで景色が真っ白に見える。それくらいの土砂降りだった。
マスターのタオルを受け取ろうとしないのを見かねて、私は自分のポケットからハンカチを取り出し、彼の顔を拭こうとした。だけど
「やめろ」
そう言われて手を止めた。彼は濡れた顔で、こちらを睨んでいる。怒り。…悲しみ?彼の感情を、私はうまく読み取れない。
少しだけ。そう、ほんの少しだけ似てるんだ、彼は。私の弟に。