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殺され屋  作者: うわの空
7/18

「今は、彼と一緒に住んでらっしゃるんですか?」

 私がふいに聞くと、マスターは難しい顔をして笑った。

「一緒に住む…というのは違いますね。彼はほとんど、地下のあの部屋で過ごしていますよ。…あなたも行ったでしょう?あの店」

「…殺され屋、ですよね」

「そうです。本当は私も彼と一緒に住もうと思って、提案したんですよ。『私は自宅を改造して喫茶店を経営するから、君も一緒に住まないか』と。彼はそれを聞いて、かなり渋っていました。それからしばらくして、言ってきたんです。『お前の名義を貸してくれないか』とね」

「…それで、あなたの名義で借りたあの場所を使って、彼は仕事を始めた?」

「ええ。そして、テナント料と称して、その日の売り上げを毎日私のところに持ってくるんです。ですから彼とは毎日顔を合わせていますが、…それだけです」

 そこまで話し終わると、マスターはため息をついた。

「私が知ってるのは、ここまでなんですよ。彼はそれ以外のことは何も教えてくれません」

「…。」

 私はぬるくなったコーヒーを飲みながら、彼の声を思い出していた。


『俺はアクマ。だから、死なないんだよ』


「…彼はどうして、殺され屋なんて仕事をしているんでしょうか」

 1週間ずっと考えていたことを、声に出した。死なないから、殺され屋をやる。理にかなっていると言えるのかもしれない。だけどやはり、おかしい。

 生きるためにお金を稼ぎたいから。ならともかく、彼は不死身なのだ。

「申し訳ない。私にもよく分からないんですよ」

 マスターはあごひげをこすりながら、すまなさそうな声を出した。その時


 カランカラン


 準備中にしたはずのドアが、開く音がした。私はドアの方を振り返る。小さくて細い、黒い影。そこに立っていたのは、ずぶ濡れになった彼だった。

「…あれ?準備中かと思ったら…。密会中だった?悪かったね」

 私たちの方を見て彼は肩をすくめると、ポケットからくしゃくしゃになった1万円札を取り出した。

「今日はこれだけ」

 カウンターにそれを置くと、彼は私の方を見上げた。濡れそぼった前髪からぽたぽたと水滴が落ちて、床に小さな水たまりを作っている。彼は私の顔を確認すると、マスターの方を睨むように見た。

「じいさん。あんた、昔話でもしたのかい?」

 黙ってコーヒーをすするマスターを見て、彼は「はっ!」と笑った。

「別にいいけどね。いまさら何言ってくれても」

 投げやりにそう言うと、もう一度私の顔を確認するように見た。

「気が向いたら、また店に来てよ。いつでも殺されてやるからさ」

 彼の不気味な笑顔は、もしかしたら営業スマイルなのかもしれない。私は彼に向かって笑おうとしたが、見事にひきつった顔を彼に向けてしまった。



「…外はまだ雨が降ってるのか?」

 マスターが彼に白いタオルを渡しながら、尋ねる。彼はそれを受け取ろうともせず

「降ってるよ。見て分からない?土砂降り」

 そう言って笑った。私は窓の外に目を向ける。雨のせいで景色が真っ白に見える。それくらいの土砂降りだった。

 マスターのタオルを受け取ろうとしないのを見かねて、私は自分のポケットからハンカチを取り出し、彼の顔を拭こうとした。だけど

「やめろ」

 そう言われて手を止めた。彼は濡れた顔で、こちらを睨んでいる。怒り。…悲しみ?彼の感情を、私はうまく読み取れない。


 少しだけ。そう、ほんの少しだけ似てるんだ、彼は。私の弟に。




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