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一番簡単なのは、毒。だけど問題は、毒なんてそう簡単に手には入らないということだ。市販薬なんて毒の代わりにはならない。毒の代わりにしようと思ったら大量に飲ませる必要があり、それはどう考えてもスマートなやり方じゃない。第一、ターゲットと接触のない私が、ターゲットの食事に何かを混入するのは難しい。
次に手頃なのは刃物かなあと思う。手頃というか、非力な私でも使える凶器だ。だけど刃物で人を殺そうと思ったら、どこを刺せばいいんだろうか。適当なところを刺しても死なない気がする。刃物でやる場合は、首を狙うのがいいのかな。
大学の図書館でそんなことを考えていたら、すっかり日が暮れてしまった。私は駅に向かって歩きながら、「縄を使う場合ならどの程度の太さがいいのか」について考えた。頭の中は、殺し方でいっぱいだった。そんな時
「…?」
駅に向かう大通りの横にある、狭い路地。そこに見えた、ライトアップされている立て看板。その看板に書かれた文字。私は一度立ち止まって、何かの間違いだと思いながらもう一度、目を細めてその看板を見た。
その看板には手書きらしい字で堂々と、こう書かれていた。
『殺され屋』
「…は?」
思わず間抜けな声を出す。なに?殺され屋って。
近づかない方がいい。本能はそう告げているのに私はそれを無視して、その看板の立っているビルの方へと近づいた。
立て看板の立っている場所まで来ると、下りの階段が見えた。どうやら「殺され屋」は地下にある店らしい。
「…居酒屋の名前、かなあ?」
うん、きっとそう。私は自分を納得させて、その場を離れようとした。その時だった。
「あれ?お客さん?」
階段を上ってきた誰かが、私に向かって声をかけた。
その相手を見て、私はぎょっとした。
この前喫茶店で見た、小学生くらいの男の子だった。
「悪いけど今日はもう店じまいだよ。来たいのなら、明日来てくれる?」
彼は看板を手際よく片づけながら、無表情で言った。私はそんな彼の後ろ姿を見ながら
「…ねえ、なんなの?その『殺され屋』って」
問いかけると、彼がこちらを振り返った。それから私の顔をまじまじと見て、ふいに笑った。
「ああ、あんたどっかで見たことあると思ったら。爺さんのとこの常連じゃん」
爺さんのとこ、とはおそらくあの喫茶店のことだ。私の顔を覚えていたらしい。私は内心ぞっとしつつも、彼が私の質問に答えてくれるのを待った。
「殺され屋って言ったら、殺され屋だよ」
彼は笑いながら言った。看板を器用に折りたたむと、両腕で持ち上げる。看板は結構大きくて、小さな体には酷く重そうだった。
「手伝おうか?」
私が思わずそう言うと、彼はきっとこちらを睨んだ。
「いいよ。慣れてるから」
そう言いながら、階段を下りて行く。ところが数段下りたところで、ふいに足を止めてこちらに顔をむけてきた。それから不気味な笑顔で、こう言った。
「あんたさ、殺したいやつでもいるの?」
その質問にも、そう言った彼の顔にも、ぞっとした。だけど私はなるべく冷静なふりをしながら、静かに言った。
「いるわ」
「…へえ」
彼はにんやりと笑うと、
「ちょっと、ついてきなよ」
「え?」
「殺され屋が何なのか、教えてあげる」
そう言って、私を待たずに地下へと降りて行った。