1
殺したい相手がいる場合、まず考えるのは殺し方だろう。それから、時間。そして場所。
時間は夜がいいと思ってる。なんとなく、だけど。場所は正直言ってどこでもいい。問題は殺し方だ。これが全然決まらない。
私は、芳しい香りの湯気を立てているコーヒーを一口飲んだ。…やっぱりこの喫茶店のコーヒーはおいしい。
駅の近くにあるこの喫茶店は、時代に取り残された隠れ家のようだった。ゆったりとした音楽が流れる店内はまるで時間が止まっているみたいで、店そのものがアンティークのようにさえ感じられる。私はこの喫茶店をかなり気に入っていた。利用客が少なくて静かだから、というのもこの喫茶店を贔屓している理由の一つだったりする。マスターには悪いけれど。
そんなことを考えていたら、私の目の前にクッキーを盛った皿がコトンと置かれた。
「え?」
頼んでません、と言いながらマスターの方を見ると、白いひげを生やした年配のマスターはにっこりと笑った。
「何だか先ほどから、思いつめてらっしゃるような顔をされていたので。それはサービスですよ」
マスターのこういうところが好きなのだ。私はマスターにお礼を言うと、クッキーをかじった。口に含んだ瞬間広がるバターの香りと、ホロホロと崩れて溶けるような独特の食感。このクッキーはもちろん商品で、しかもマスターの手作りだ。そしてコーヒーと同様、かなりおいしい。
私はコーヒーをもう一口飲んでから、殺し方についてあれこれ考えていた。その時だった。
カランカラン。
ベルの鳴る音が店に響いた。それはドアが開いた合図で、
「あーあ。疲れた」
そんなことを言いながら、小さな男の子が店の中に入ってきた。
私は眼を丸くして、男の子の方をじろじろと見た。癖のある黒髪に、真っ黒な瞳。日に当たることを忘れているような、白い肌。身長はかなり低くて、140cmくらい。Yシャツに黒のハーフパンツを合わせている。どこかの制服?…小学生、だろうか。
はっきり言って、この喫茶店から浮き出ている感じがして仕方がない。それは多分、彼が子供だから。そしてこの喫茶店が、大人の雰囲気を醸し出しているから。
「お疲れさま」
マスターがその子に対してにっこりと笑う。彼はポケットから無造作に1万円札を3枚取り出して、カウンターに置いた。そしてぶっきらぼうに、
「今日の」
「…ああ」
マスターはその1万円札を受け取ると、エプロンのポケットの中へ入れた。
「今日の仕事は疲れた。もう寝るから」
彼はそう言うと、さっさと外へ出て行った。
「…お孫さん、ですか?」
何となく気になって、マスターに尋ねた。マスターは困ったように笑うと、白いひげをさすりながら「まあ、そんなところです」と言った。いつもよりもはっきりしない喋り方だった。
あんな小さな子が言っていた「仕事」ってなんだろう。そう思ったけれど、困ったように笑っているマスターには訊けなかった。