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殺され屋  作者: うわの空
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 いつもの喫茶店で、いつものコーヒーを飲む。相変わらず客は少ない。今日は自ら注文したココアクッキーを、私は一つつまんだ。

「彼は今頃、どこにいるかな」

 何度目かは分からないセリフを、マスターが呟く。私はそれを聞きながら、わざと甘めにしたコーヒーを飲んだ。



 私のことを止めてくれたあの日の夜、彼はこの街からいなくなった。



 2日連続で喫茶店に訪れないのを不審に思ったマスターが彼の店に向かうと、そこにはもう彼の姿はなかった。玄関の横に置かれていた、大きな箱も。

 小さなメモ用紙が部屋の中央に置かれていて、そこには

『いままでありがとう。もう帰ってこない』

 と書かれていたそうだ。



「死んではいないでしょうけど」

 マスターはそう言って、ため息をついた。私もつられて、ため息をつく。私はあの日のお礼をまだ、言っていなかった。

「…彼はどうして、私のことを助けてくれたんでしょうね」

 私が小さな声で呟くように言うと、マスターが目を細めた。

「あなたが、彼のことを助けようとしたからでしょう」

 私はクッキーに目を落とす。『助けようとした』と『助けた』は違う。私は結局、彼に何もしてあげられなかったのに。

「彼は…そういう子でしたよ。昔から」

 私が考えてることを見透かしているように、マスターは笑った。その笑顔に、少しだけ寂しさを宿しながら。


 私の机の上には、あの時のナイフ。そしてその横には、いつまでもほほ笑み続けるマスコット人形が座っている。




「…いまいちだな」

 少年は一人ごちた。湿気ているようなその食感はわざとではなく、本当に湿気ているのだと思う。妙に脂っぽいことも含め、その商品はいまいちだった。

「値段は関係ないんだな。…これ、高かったのに」

 一人で文句を言いながらゴミを片づけていると、目の前の扉がゆっくりと開いた。眼鏡をかけた肥満体型の若い男が、おどおどしながら入ってくる。

「あの…なんか、噂を聞いたんだけど。ここって…」

 若者の言葉を聞いて、少年はほほ笑んだ。

「殺され屋だよ。あんた、お客さん?」

 男は慌てて、こくこくと何度も頷いた。気の弱そうなやつだなあと思いながら、

「そこにある箱の中から好きなもの持ってきて。で、好きなように殺してくれていいよ。…あ、料金先払いね」

 少年がそう言うと男はわたわたと財布を取り出し、震える手で一万円札を差し出してきた。受け取って、ポケットに突っ込む。

「あ、あんた…。本当に、不死身なのか?」

 額に脂汗を浮かべながら、男が尋ねてくる。少年はそれを見て笑った。

「アクマだからね」

 もう死んでいるから、とは言わなかった。


 あれこれ物騒な物の入った箱を覗きこんでる男を見ながら、思いついたように尋ねる。

「なあ、あんたさ。クッキーのおいしい店知らない?」

「へ?」

 不意を突かれた男が、間抜けな声で返事をする。少年は先ほどまで食べていたクッキーのごみを手に持って、プラプラさせた。

「なかなかおいしいのに巡り合わなくてね。…一度だけ喫茶店のクッキーをもらったことがあるんだけど、あそこのが一番おいしかった」

 それから、「コーヒーも飲んどけばよかったかな」と呟くように付け足した。

「だったらそこに、また買いに行けばいいじゃないですか」

 きょとんとしながらもそう言ってきた若者と、彼が持っている大きなナイフを見て


「…その店には、もう行けないから」


 少年はどこか懐かしそうに、そして寂しそうに、ほほ笑んだ。




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