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殺され屋  作者: うわの空
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 私は大きく息を吸って吐くと、彼の方を見た。

「もしも、あなたが死んでしまったら?」

 私の質問に彼は眼を丸くして、それから笑った。

「その時は、人助けしたと思ってくれていい。…いや、人じゃないけど」

「…。」

 質問こそしたものの、私は迷っていた。私が殺したいのは茶髪のあの少年であって、いま目の前にいる彼ではない。彼が死なないのは知ってる。だけど、殺したくなかった。


 私が渋っているのを見かねて、彼がこちらに近づいてきた。相変わらず、顔には歪んだ笑顔を張り付けたまま。

 彼は私の目の前まで来ると、背伸びをして私の手の中にあるナイフから鞘を抜きとった。鞘を床に落とすと、そのままもう一度自分の胸をトントンと指さす。

「ここだ。間違えんなよ。…首でもいいけど」

 そう言って、眼を閉じた。

「っ…」

 途端に、手が震えだす。

 …たとえば今、目の前いにいるのがアクマじゃなくて、あの茶髪の少年だったら。私は躊躇わずにこのナイフを突き刺す事が出来るんだろうか。




 笑う悟の顔。その死に顔。責任はないと繰り返す教師の声。嘲笑のような茶髪の少年の笑い声。楽しそうな笑顔。ボロボロになった悟のランドセル。汚れた制服。

 ほほ笑み続ける、マスコット人形。




「…できない」

 私が声を漏らしたのと、涙がこぼれたのは同時だった。目の前の彼はゆっくりと目を開けると、ほほ笑んだ。

「俺はもう死んでるけど、あんたが殺そうとしてるやつはまだ生きてる。あんたはきっと、そいつのことも殺せない。今みたいにな。…やめといた方がいい」

「あなたも生きてるじゃない」

「俺は死んでるんだよ」

「だけど、生きてる」

 私はナイフを持っていない手で、彼の頬に軽く触れた。そこには確かに、体温が、あった。

「…あんたは、あんな思いしなくていい」

 彼は私のナイフを見ながら呟いた。

「あんな感情、知らなくていい。この店よりも、そのナイフよりも、あんたにはあの喫茶店とコーヒーの方が似合ってる」

 彼は私を見上げて、ほほ笑んだ。その笑顔は、歪んでいなかった。


 私はナイフを持ったまま、声をあげて泣いた。



 私は、復讐を果たせなかった。果たさなかった。

 彼は、私を止めてくれた。



 私は、彼に何もできなかった。



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