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嘲笑にも聞こえる、耳障りな笑い声。私はその声の主を、遠くから眺める。背負っているランドセルは、乱暴に扱っているのか傷だらけだった。
それでも悟のランドセルほど、ボロボロのランドセルを背負っている子はいない。
髪の毛を茶色に染めたその男子は、何が楽しいのかへらへらと笑っている。恐らくもう、悟のことなんて覚えていない。自分が悟に何をしたのかも。何をさせたのかも。
あいつはこのまま、へらへら笑って生きていくんだ。人殺しの、くせに。
楽しそうに歩くその男子を見ながら、私は心の中で吐き捨てる。
お前が悟を追い詰めたんだ。お前が悟を殺したんだ。
そうやって、自分を正当化する。
私じゃない。
悟を追い詰めたのは、悟を殺したのは、私じゃ、ない。
ナイフを買った。少し大きな刃のそれは、彼の店にあったナイフを彷彿させた。
復讐。これもきっと、私のエゴでしかない。
自殺するその日までほほ笑んでいた悟はきっと、こんなことを望んではいない。あの子は、怒ることがひどく苦手だった。だからきっとあの茶髪の少年に対しても、…私に対しても、怒ってなんかいないんだろう。
怒っているのは私なんだ。復讐したいのは、私。
自分の部屋でナイフを見ながら、彼のことを思い出す。もしも私がナイフを使ったなら、しばらくはあの喫茶店にも、…彼のいる白い部屋にも行けなくなるだろう。
「お前は2度と、ここには来るな」
彼の言葉を反芻する。それと同時に後悔した。自分勝手な感情を彼に押し付けようとしたことを。
彼に、一人ぼっちになってほしくなかった。一人ぼっちにしたくなかった。だけどそんなの、彼にとってはいい迷惑だ。
窓から差し込む朝日を反射してキラキラ光るナイフは、いつもより余計に鋭利に見える。私はそれをそっと、鞘におさめた。
…謝りたい、と思う。仲直りができなくても、せめて謝っておかないと。…次に会えるのは、いつになるか分からないから。
悟が誕生日プレゼントにくれた小さな犬のマスコットは、私の机の上で静かに笑っている。私はそれに気付かないふりをして、ナイフを鞄に入れて外に出た。