13
刺された時の鋭い痛み。身体を切断された時の熱。殴打された時の鈍痛。それらを我慢するのはとても簡単だった。傷口がふさがるのも、あっという間。
だけどいつまでたっても慣れないこの痛みは、いつまでたっても治らない。治せない。その痛みは常に自分のそばにあって、何かがある度にその存在を訴える。
「…帰れよ」
俺は彼女の顔を見ずに、吐き捨てた。
「もう帰れ。…お前は2度と、ここには来るな」
彼女が一瞬、こちらを振り向く気配がした。けれど、無視する。
早く出て行ってくれ。頼む、から。
彼女はフラフラと立ち上がると、
「ごめん」
消え入りそうな声でそう言って、部屋から出ていった。残ったのは甘い匂いのするクッキーと、温かい水筒。
「…。」
クッキーを一つ、手に取ってみる。
何も考えない。何も感じない。そういう、フリ。
準備中、と書かれたドアをためらわずに引いた。
カランカラン
頭上で鳴ったベルの音を聞いて、爺さんがこちらを見た。俺の顔を見て一瞬眼を見開いてから、寂しそうな顔をする。
「…一人か?」
そう俺に尋ねてくる爺さんの声は無視して、コーヒーが入ったままの水筒をカウンターに乱暴に置く。その音は必要以上に大きくて、爺さんの身体が少しだけ震えた。
「余計なことすんな」
睨みながらそう言うと、爺さんもこちらを見てくる。その眼には、悲しみの色がくっきりと見えた。
踵を返してドアへと向かうと、かすれた声が後ろから聞こえてきた。
「タクマ」
「…懐かしい名前で呼ぶんじゃねえよ」
昔、何度も呼ばれたその名前は、もう俺の名前じゃない。俺がタクマのままだったら、今頃俺も、爺さんになってるはずだった。
俺はもう、タクマじゃない。
「お前があの仕事をやってるのは、…誰かが誰かを殺すのを止めるためか?」
爺さんの、低くてしゃがれた声。50年前のこいつの声は、もっと高くて。
「誰かの殺意を消化するために。…お前は行方不明になる前、よく言っていたな。自分は人殺しだと。…そういう思いを他の人にはさせたくなくて、だから殺され屋をやってる。違うか?」
こいつと俺は、同じくらいの身長で。
「…そう思うならそれでいいよ」
俺もこいつも、爺さんになるなんて、想像すらしてなかった。
俺は爺さんにならなかった。こいつは爺さんになった。
時間が歪んでるのは、俺の方だ。