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殺され屋  作者: うわの空
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 細い路地に入って例のビルに近づく。立て看板は立っていなかったけれど、私はためらわずに店へと向かう階段を下りた。相変わらず錆びたような色のドアを、ノックしてみる。返事をしてもらえないんじゃなかろうか、と思っていたら

「はい?」

 ドアを開けて、アクマがひょこっと顔を出した。それから私の顔を見て

「は?」

 露骨に面倒くさそうな顔をする。そんな彼を見て、私は笑った。

「お客様じゃなくて悪かったわね」

 そう言うと、彼はため息をついた。ドアにもたれかかって、こちらを見上げる。

「なんの用?」

「んー。とくに用事はないんだけど」

 それを聞くやいなや、彼はさらに面倒くさそうな顔をした。

「…ちょっと話したいの。だめ?」

「面倒」

 顔に書いてあることをそのまま音声にされて、私は苦笑する。彼は私の方を見て、もう一度ため息をついた。それから

「勝手にすれば?」

 そう言って、部屋の奥へと入っていった。勝手にしろと言われたので、勝手にする。私は彼に続いて、勝手に部屋へと入った。玄関のすぐ横に置いてある箱につまずかないように注意しながら。


 彼は何もない床にぺたんと座っていた。本を読んでいるわけでも、音楽を聞いているわけでもない。白い壁と白い床の中で、彼の姿だけがくっきりと浮かび上がって見えた。

「本当にここ、何もないね」

 私がそう言いながら近づくと、彼は鼻で笑った。

「ナイフとかハンマーとかならあるけど?」

「そういうのじゃなくてさ…」

 私は苦笑しながら、彼の隣に腰掛ける。ひんやりと冷たく硬い床は、彼のことをそのまま表しているような気がした。



 私は自分の鞄を開くと、

「じゃんじゃじゃーんっ!」

 と、少しだけ豪華っぽく聞こえる効果音を言いながら、包んでもらったクッキーを取り出した。

「…なにそれ」

「クッキーよ」

「それは見りゃわかる」

 彼は呆れた口調でそう言いながら、私の持っているクッキーを見つめた。

「爺さんとこのクッキーだろ?んなもん、喫茶店で食って来いよ」

「一緒に食べようと思って」

 私がそう言うと、彼は下を向いた。何度目か分からない、ため息の音。

「俺は別に、食べなくても死なないんだよ」

「そんなの知ってるわよ。逆に言うと、これを食べたって死なないでしょ?」

 彼はこちらを見上げる。うんざりしているようにも見えるし、困惑しているようにも見える。私はそれに構わず、クッキーの包みを開いた。途端に、バターの香りが広がる。

「食べたことないんでしょ?マスターのクッキー」

「…ああ」

「食べてみなよ、おいしいから」

 沈黙が続く。彼が食べようとしないので、私は先に一枚つまんだ。それから、

「あ、コーヒーもあるから」

 そう言って水筒を取り出した。クッキーだけだと喉が乾くでしょうと言って、マスターが水筒にコーヒーをいれてくれたのだ。彼は水筒を見ると、目線を逸らした。

「あれ、もしかしてコーヒー飲めない?」

「そういうわけじゃない」

 彼は目線をそらしたまま、呟く。

「…なんでこんなことするんだ?」

 それを聞いて、私も彼から目を逸らす。自分が今やっていることが単なるエゴであると、自分自身で知っていたから。

「諦めてほしくないから」

 小さな声で、クッキーの方を見ながら呟く。膝を抱えて座りなおした。悟の部屋で、泣く時みたいに。

「あなたが死ななくても、年を取らなくても。自分を諦めないでほしいから」

 


 誰もいないみたいに、部屋の中が静かになった。彼も私も何も言わない。私は白い壁を見つめた。彼がいつも一人で、見ていたであろうその光景を。

 そこにはやっぱり、何もなかった。

「50年」

 沈黙を破ったのは、彼の方だった。あざけるような口調で、彼は続ける。

「50年、年もとらずに生き続ける。死んでるはずなのに、生き続ける。…どんな気持ちだと思う?」

 その声の中にわずかに含まれた、怒り。

「周りは皆年をとっていく。死んでいく。だけど自分はずっとこのままだ。何をしたって死なない。同じ姿で世界の上に乗っかったまま、だけど世界から置いてかれる。…お前には、分からない」

 私は身体を小さくした。瞬きすると、涙が一粒零れおちた。それには気付かないふりをする。

「人と関わりたくないんだよ」

 吐き捨てるような彼の声が、わずかに震える。

「関わったって、どうせそいつも俺を置いて死んでいく。だからもう、俺は人と関わりたくない。人間らしい生活もしたくない。幸せもいらない。ただ、もう終わりにしたいんだ。

 …それでもお前は、諦めるなって?」

 知ってた。私は彼と悟を重ねて、何かを変えようとした。悟の時は変えられなかった未来を、変えようとした。

 それが単なるエゴだってことは、言われなくても知ってた。

「…あなたは」

 声が震えて、涙がこぼれる。彼は決して私の方を見ようとはしない。私も、彼の方を見れない。足元を見たまま、彼に向かって声を絞り出す。


「死にたいから、殺され屋をやってるの?」


 誰かがいつか、自分を殺すことを夢見て。



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