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「燃やしてもいいんですか?」
そう言ってきた客は久しぶりだったので、俺は思わず笑った。
「悪いけど、それだけはできないんだよね。火災報知機が反応しちゃうから」
天井を指さしながら返事をすると、結局その客は電動のこぎりを持ち出した。どちらにしてもかなり残虐なやり方だ。よっぽど誰かのことを怨んでいるんだろうか。そんなことを考えながら、俺はされるがままに切り刻まれた。自分の肉片が壁に飛び散るのを見ながら、遠い昔のことを思い出していた。
父の机からこっそりくすねたマッチは、当時の俺の宝物だった。子供にとって、何で火遊びはあんなにも魅力的なんだろうか。駄目だと言われると、余計にやりたくなる。俺はその日、夜中に一人でこっそりと火遊びをしていた。暗闇の中で燃える赤い炎が、やたらと綺麗に見えた。
例えばその時、俺がマッチをくすねていなかったら。火遊びをしていなかったら。家の中でそれをしていなかったら。未来は変わっていたのだろうか。
畳に燃え移った炎は、あっという間に燃え広がっていった。その光景を見た俺は焦って、小さなバケツに水を汲むのをひたすら繰り返した。怒られるのが怖かったのと、自分で消せるだろうという楽観。あの時もっと早く事態の深刻さに気付いて、2階で眠っている両親と妹を起こしにいっていたら。
…どれもこれもいまさら、だ。
どんどん広がる炎はついに、家を飲みこんだ。俺は一人で家の外に逃げ出して、その様子を茫然と眺めた。近所の野次馬たちの声。消防車の音。漏れ聞こえる、隊員の声。
「中にいる人はもう…」
…俺が、殺したんだ。
親戚に引き取られてから、俺は毎晩家を抜け出して、人気のない空き地で一人で泣き続けた。俺が殺した。俺が殺した。それだけが頭にあった。
その時だった。
『…失った家族を、取り戻したいか』
声が、聞こえたのは。
「え…?」
俺はあたりを見回した。だが、誰もいない。
『家族を甦らせたいか』
先ほどよりもはっきりと、腹に響くような低い声が頭の中に聞こえた。俺は見回すのをやめて、宙を見ながら頷いた。
『ならば、お前の命を賭けろ』
その声はさらに低い声で、俺に話しかけた。
『お前の命と引き換えに、家族を甦らせてやる。私には、その力がある』
「あんた、誰だ?」
俺が震える声でそういうと、その声の主は言った。
『悪魔、だ』
笑っているような、声だった。
「…俺の命と引き換えに、家族を甦らせてくれるんだな?」
『ああ』
悪魔の姿は見えない。だけど俺は、その言葉を信じた。
「分かった。俺の命をあげるから、家族を皆甦らせて」
『契約、完了だな』
その声と同時に、俺の身体が強く光った。眩しすぎて、眼を開けていられない。
ああ、きっと俺は死ぬんだ。だけど皆が生き返れば、それでいい。
俺の意識は、ゆっくりと遠のいていった。