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「…なんだ、あんたまた来てたのか」
喫茶店に入ってくるなり、アクマは面倒くさそうな声を出した。
「悪い?」
「いや」
私が睨むと、アクマはマスターの方を見ながら笑った。
「よかったなあ、爺さん。常連客ができて」
そう言うと、いつものように一万円札をカウンターに置いた。今日は4枚だった。
「じゃあな」
「ちょっと待って」
そのまま出て行こうとするアクマをひきとめたのは、私だった。
「なに」
「…コーヒーでも飲んでいったら?」
「要らねえよ」
アクマはそのまま手をひらひらと振りながら、店を出て行った。
「…失敗しちゃった」
私は苦笑いして、自分のコーヒーを飲んだ。
「何か話したいことでもあったんですか」
マスターが不思議そうな顔でこちらを見る。私はカップをソーサーに戻すと、「うーん」と唸った。
「なんだかちょっと気になって。彼、私の弟と少し似てるところがあるような…」
「ほお…」
「あ、いや。弟はあんなふうにひねくれてなかったんですけど」
私が笑うと、マスターもつられて笑った。
「まあ彼はなんだかんだ言って、もう60歳を超えてますからね」
「そうですね」
そう言いながら、私は彼のことを思い出していた。
何かを隠している暗い瞳。その色は悟の瞳と、よく似ていた。
「…追いかけたらどうですか」
マスターに言われて、私は顔をあげた。マスターは壁にかかっている時計を確認すると、
「もう店じまいしているでしょうけど、あの中にいますよ」
そう言って笑った。私はしばらく考えてから、マスターにお礼を言った。鞄から財布を取り出すと、コーヒー代よりも多い金額をカウンターに置いた。
「ここのクッキーって、包んでもらえたりしますか?」
それを聞いて、マスターは嬉しそうに頷いた。