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「はあっはあっはっ…」
狭い個室の中で、男の呼吸する音だけがやたらと大きく響いていた。男は金属バットを構えているが、それは明らかに震えている。バットには少量、血が付着していた。
「大丈夫だって言ってるのに」
額から血を流している少年が、それを見ながら笑う。癖のある黒髪に、黒い瞳。身長はかなり低く、男の腰くらいまでしかない。どこからどう見ても『少年』だった。
「だけどおまえ…これ以上やったらやっぱりさ…」
びくびくしながら、男が声を出す。息が荒いのは運動したからではなく、興奮しているからだろう。
「普通の人なら、もうこれで死んでるかもよ」
自分の額を指さしながら、少年はあざけるように笑う。その額はぱっくりと割れて、血が吹き出ていた。傷口の割れ目から少しだけ、白いものが覗いている。
「骨もちょっとイっちゃってるし」
少年がけらけらと笑うと、男の顔が真っ青になった。バットの震えが先ほどよりも大きくなる。爪先までがくがく震えている男を見て、少年はため息をついた。
「あんたが辞めたいなら、辞めてくれてもいけど。それだと料金に釣り合ってないかもよ?一発で1万円なんて、高いだろ」
「だけどよお…」
男が何か言おうとすると、少年はポケットから折り畳み式のナイフを取り出した。それを見て、男の顔が歪む。
「…あんたを刺したりしないよ」
少年は苦笑しながらそう言うと、自分の胸にナイフを突き刺した。
「!!」
そこは、心臓のある場所、のはずだった。
少年のシャツに広がっていく、赤黒いシミ。そのシミと、少年の顔を交互に見ている男を見ながら、少年はにんやりと笑った。
それはまるで、人間ではないような顔で。
「だからさ、さっきから言ってるじゃん」
胸にナイフを刺したまま、おどけるような口調で続ける。
「俺は、殺されても死なないって」