例えばここが楽園だとして、
二人一組になって簡単なディベートをやれ、か。この授業が必修でなければ荷物を纏めることも出来たんだが、友達のいない僕にはまた厄介な授業を始めてくれた物だね。さて、どうしようか。おい、そこのイケメン君。そう、君だよ。いま周り全部が君を見たのに本人は全く反応しなかった君、君のグループは五人だろ? 僕と少しばかりのお喋りを楽しんではくれないかい? おいおい、そこで残りの四人を伺うなよ。君にはそんなことも一人では決められないのかい? っと、失礼。そういえば人の顔色を伺うのは現代社会の必須技能だったか。おや、来てくれるのかい? お仲間は反対しているようだが、察するに君も少々うんざりしていたのかな? そうでもないか。いや、済まない。君の友人達を悪く言うつもりはないんだ。僕には物事を少し斜めに見てしまう性質があるんだよ。反省は全くしていないけれどどうか許してくれ。
さて、ディベートといっても何を御題にするんだろうね。って、くじ引きで決めるとはまたいい加減な…… 各自で引いてくじに書いてある題で話してレポートに纏めてこい、か。ちなみに君はくじ運が強いほうかい? 僕は滅法弱いんだ。生まれてこの方おみくじで大吉を引いたことがない程度にね。そういう訳だ。君が引いてきてくれたまえ。別に立ち上がるのが面倒だからとかではないよ。……墓穴を掘ったかな。
で、お題はなんだい? 「いじめについて」、うーん、書きやすいと言えば書きやすいかもしれないな。どういう方向に話を広げていこうか。そうだな、とりあえず実例を挙げて会話を始めてみようか。新聞にも載ったと思うんだけどね、少年が川に突き落とされて溺れ死んだ話を覚えているかい? 突き落とした理由というのが実にくだらなくてね、「変な泳ぎ方が見たかった」そうだよ。それが真実なのか格好をつけたくて言った突き落とした人物の虚言なのかは知る由もないが、全く嫌な世の中になったものだね。
というのは実は間違っているのかも知れないな。だって日本は平和だろう? 核爆弾を落とされた時は一体何人が死んだんだったか。それに戦争中には犯罪というやつはグッと減るらしい。単に観測されることがないだけかも知れないが、犯罪に割く心の余裕がないからだと僕は思うね。こうしていじめなんて話題で学生がくだらない戯言を言い合えるのは世の中が平和に保たれているからじゃないかな。
……違うな。いや、今までの会話の話じゃなくておそらく講師とレポート用紙が求めているのはこんな無意味に規模の大きい話ではなくもっとこじんまりとした確実な話だろうなと思ってね。そうだな、「いじめはどうして起こるのか」とかそんな所でいいんじゃないかな。ほんとにどうして起こるんだろうな。いや、自分より下の人間を見つけて安心したいとかそういうことじゃない、訳じゃないんだけどそもそもなぜ「自分よりも下の人間」を虐げることが必要なのかな? 別に下がいても取って食える訳じゃないし何もメリットなんてないじゃないか。というのは僕が自分を底辺の人間だと自覚しているから思うことでしかないのかい? 人間ってのは不思議だね。安定を保つためには周りと自分を比べる必要があるらしい。君の容姿だって周りは随分コンプレックスに思っているようだし。僕は所詮手に入らない物だし鑑賞して楽しむくらいしか思う所はないね。……失礼、脱線した。
ここで一つ新説だ。「人間が他人を虐げるのは楽しいから」というのはどうだろう? 友人同士が最も盛り上がる話というのは娯楽の話、異性の話、最後に他人の悪口というのが友達が少ないなりの僕の偏見なんだ。この他人の悪口というのはどこかいじめに通じると思わないかい? 最初は他愛のない事実だ。しかし段々エスカレートして最後にはあることないこと吹きまくるだろ? 友達の少ないやつというのは他人の悪口を言うのが下手なやつかも知れないな。いや、自分を正当化している訳じゃないよ。まあいじめにもいろいろあるんだけどね。先に挙げた生死に関わるようなこともあれば、複数人で徹底的な無視を行ったり、事実の暴露というのも効果的だ。
ん? 僕が嫌に詳しいことが気になるかい? そりゃあ当事者だったからね。被害者、加害者、どちらかは想像に任せることにするけど。理由? 思い出せないな。君はそういうのとは縁がなかったクチかい? そうか。それは良いことだ。あれはその期間の成長を止めてしまうからね。周りより仕草が幼く見えればだいたい被害者だと思っていいかもしれない。って、また僕は墓穴を掘ったみたいだね。ああ、僕は被害者の方だよ。人の話を聞かずに一方的に捲し立てる辺りやはり僕は幼いね。
……で、レポートにはなんて書こうか。「いじめがなくならないのは楽しいから」じゃあ少し拙いよね。あれかな、「大人が正しい態度を見せていれば子供はそれの真似をする」的なことを中心に書いておけばいいのかな。実際には大人以外の影響も大きいんだけどね。友達ってやつは特に大きいんだろうな。例えばタバコを吸い始めるのだって友達や先輩の影響ってのが一番多い。どうでもいいけどいくら健康被害を訴えても効果がないってことにいつになったら気づくんだろうね。現代の若者はある意味「自分の体なんてどうでもいい」のに。目先の快楽と財布の中身に比べればタバコの有害性なんてのはほんとにどうでもいい。
……影響の話をしていてちょっと思ったんだが君は「自分の子供に犯罪を犯した人間の子供と関わるのをやめさせる親」というのをどう思う? 確率の問題、か。なるほど正しいね。きっと万が一を恐れてるんだろうね。もしかしたら悪影響を受けているかも知れない。本人を見ていないのにそんなことを考える。そしてそんな可能性のある人間とは我が子を関わらせたくない。人間ってどうしてこうも余計なことばかり考えてしまうのかな。もっと単純に出来ていたらよかったのに。世の中は万が一を考えすぎだと僕は思うんだ。
ん、そろそろ授業も終わる頃か。無意義な時間をありがとう。楽しかったよ。
まったくこの授業は欝だな。また二人一組か。……って君、お仲間はどうしたんだい? 何? ジャンケンで負けて全員分を代返を頼まれた? それは災難だったね、それで今回も僕と組んでくれるのかな? 嬉しいよ。それでまた籤引きかな? 今度は統一課題か。バラバラでは評価のつけ難かったのかな? 「わらしべ長者」? しかも現代版で小説を書けとはまた無茶を言うね。さて、僕はまともな文章を書くのは小学校の読書感想文以来なんだが君はどうかな?
似たような物か、そうだよね。しかしわらしべ長者、それも現代版か。逆の話なら書ける気がするんだが難しいね。最後に全て失ったが私は人間的には大きくなった、みたいなつまらない話ならね。そもそも小さな物が大きくなるというイメージがよくわからないな。人は利益を手にしたい訳だから資産はどんどん小さくなって行くのが普通じゃないかな? ああ、需要と供給か、基本的な事を忘れていたよ。しかしあまりとんとん拍子に行くのも面白くないな。いや、話さえ書けていたらどうせある程度の点はくれるのだと思うからどうせなら少し変わった書き方をしてみないかい? とりあえず僕が思うにわらしべ長者の本質とは「どんな逆境でも何が起こるかわからないから諦めるな」と「世の中はそんなに捨てたモノじゃない」なんだがこれは正しいかな? まあ正しく無くても構わない。物語なんて解釈しだいだからね、読み手に講釈を垂れる作者様もいるけど僕はああいうのはそんなに好きじゃないな。ある作家が書いていたんだが「講釈が必要なのはその物語が不完全だから」だろう? ……失礼、脱線した。ともかく「どんな逆境でも何が起こるかわからないから諦めるな」と「世の中はそんなに捨てたモノじゃない」をテーマにして構わないかな? 見たところ君はあまり本を読まなさそうな感じだし僕が主導で書くべきか。いや、僕の語りに時々口を挟んでくれれば充分だよ。主人公は、そうだね、なるべく無能な方が僕が自分を重ね易いな。コネ入社で仕事が出来なくて、不況の煽りを受けてリストラされた会社員なんかどうかな? 容姿は良くなく、金遣いが荒いからあっという間に預金は底をついてしまう。彼は世の中を恨んでいる。会社には仕事の出来ない自分を棚に上げた彼なりの不満もあった。恋人が出来ないのは女に見る目がないからだし、退屈なのは良質な娯楽が世の中にないからだ。自分で言っててなんだけどこいつ救いようがないな。しかし救いようのない人物に救いを与えてこそ物語だ。彼をわらしべ長者にしてみようじゃないか。
場所は、そうだな。昼間の公園だ。彼の財布にはいま百円と少ししか入っていない。それを何も考えずに自販機にいれてしまった。彼は失業保険の残金がまだ銀行預金に残っていると思い込んでいるがそれも雀の涙だ。彼は自販機からコーヒーを取り出す。そこで誰かにぶつかられて顔を顰める。視線を上げると女の子が居た。すいません、と言う声色は真摯なのに目は彼を見ていない。男は頭に来て女の子を怒鳴りつけると女の子は泣き出してしまった。泣きながら何度もすいませんという女の子に彼はどうしていいのかわからなくなってしまう。それでもとりあえず女の子を落ち着かせようと近くのベンチに座らせて自分のために買ったコーヒーを彼女に手渡す。しかし女の子は口をつけようとしない。どうしたのかと彼が訊くと女の子は目が見えないことを明かす。全面的に相手が悪い交通事故で頭を強く打った後遺症だ。見えなくなったことが最近なのでよく物にぶつかる。公園には一人で歩く練習をしにきている。彼は愕然とする。自分は目は見えるし、耳も聞こえる、四肢は健在だし、持病は軽い糖尿病なことぐらいだ。余談だけど糖尿病というのは症候群らしいね。酷い物では失明することもあるそうだよ。
目の前の女の子が頑張っているというのに自分は何をやっているのかと彼は自己嫌悪に陥る。成り行きで女の子を彼女の家まで送っていくことになった彼は礼を言われて戸惑う。自分は酷いことをしたのにどうして、と。
彼女は言う。「だってあなたはこんなにも優しいじゃないですか。」家の中へ消えて行く女の子を見送って彼は思う。明日からちゃんと働き口を捜して頑張ろう。男が百円の缶コーヒーと引き換えに得たのは「生きる活力だった」というまあ大層くだらないお話だ。
実際の所、女の子があなたは優しいと言ったのは社交辞令だろうし彼の改心は一時的な物で明日にでもなればまた怠惰な生活に逆戻りしていると思うがね。こういう意図が透けてしまう文章というやつは人に届かないんだろうな。本気に見えないから。スポーツの観戦が面白いのはその場の誰もが手を抜いていないからだろう。本気の気持ちってのは人に何かを伝えるものだ。僕はそう信じている。
そういえば君はずっと黙っていたけどどうかな? やはり「わらしべ長者」から離れすぎていると…… どうして顔を背けるんだい? 君、もしかして泣いてるのか? いや、驚いたよ大学生というやつにこんな三文芝居、三文の価値もないか、で泣ける絶滅危惧種が未だに現存していたとは。怒るなよ。君はその感性をどうか大事にして欲しい。泣けない、というのはなかなか悲しいことだからね。とまあこんな所で提出してもいいかな? は? 握手してくれってなんでまた…… ちょっと、強引に手を取るな! 振るな! くう…… 赤くなってるのが可愛いとかそういうことは言わなくていいんだよ。僕は久しく男性との付き合いがなかったから無理矢理手なんて握られたら緊張するのも当たり前だろ!
もういい! 授業もそろそろ終わりだし、僕は帰らせて貰うよ。
……………………。
なんだい人が席に着くなりいきなり横に来て。暇潰しなら余所でしてくれよ。ああ、ちなみに僕は拗ねているよ、君と来たら僕の手を取って振り回したかと思えば次の日にはもう他の女の子と仲良く喋っていて僕のことなんて気づきもしないんだからね。自分が滅茶苦茶を言っているのはよくわかっているがそれが女心ってやつだ。こんな頭の悪そうな言葉を自分が使うとは思っていなかったけど、罰として僕の不機嫌を存分に受けたまえ。
……待て、何処へ行くんだい? 今日は友達と授業を受けるなんて殺生なことを言う必要はないじゃないか。さあさあ、座りたまえ。あんな不用意なことをしない限りは君は僕の貴重な友達だからね、やむを得ない、歓迎するよ。なにせ一度声を掛けてきた人間が二度目には笑みを返すだけになり三度目には反応さえしてくれなくなるんだ。僕の自己完結振りに引かずにいてくれる人間は少ないんだよ。ほら、講師も来た所だ。今立ったら目立ってしまうよ。
うん、それでいいんだよ。それで講師様の出すありがたい御題は何かな。「百円の限界」、また妙な所を持って来たな、というかこれ一体何の授業だったっけか。ところで「百円の限界」なんてテーマをいきなり持ち出されても困ってしまうね。「百円で買える物の限界」ならば国を変えれば物価が違うからどこかの小学校の給食代くらいは賄えてしまうだろうけど、僕らがそれを口にするには悲しいかな、飛行機代数万円が必要になってしまう。つまりは百円で買える物の限界というのは学内のコンビニで買える鳥つくね串だということだ。僕はあれが大好きなんだよ。食べた事がないなら一度試してくれたまえ。きっと気に入って貰えると思う。では、別のアプローチを試してみようか。例えば「百円の最高の使い方」、あるいは「百円の最低の使い方」。僕は想像力が欠如しているから百円で飲み物が買える自販機が舞台だ。
自販機が立っているとそこへ二人の幼い人間がやってきた。片方はポタポタと目から水を流していて、片方はそれに静かにその背を撫でている。自販機が骨伝導と同じ原理で、耳骨がないだろうとか無粋なことは言わないでくれよ、音を拾っているとどうやら水を流して「いる」方が楽しみにしていた桃をお父さんが一人で食べてしまっていたらしい。水を流して「いない」ほうは背伸びをしてなんとか自販機に百円を入れる。しかし桃のジュースには手が届かない。二人は肩車をしてボタンを押そうとするが体勢を崩して隣のオレンジジュースのボタンを押してしまう。自販機はなんとか桃ジュースを出してやりたくて必死にオレンジジュースを食い止めるがダメだった。出てきたオレンジジュースを見て水を流して「いなかった」ほうが水滴をこぼしそうそうになるが、それを受け取った水を流して「いた」子は言うんだ。ありがとう、って口角をニッと上げてね。そして二人が帰り、夕方になって上等な桃を袋一杯に買って帰って来るあの二人の父親を見て自販機は百円玉の温かみを感じる。
最高とはいえないだろうけど僕に創作出来るのはこんな所だな。次は最低の使い方にいってみようか。
その自販機はある中学校の前に設置されていた。学校帰りの子供達には大人気で自販機は使われる回数が他よりも多い事を誇りに思っていた。ある日の遅い放課後だった。格好から察するに野球部らしい二人組みが校舎の方から歩いてきた。片方はクタクタでもう片方はそうでもない。クタクタなほうは喉が渇いたと言い、そうでもないほうはそうでもないと言う。クタクタなほうはお金を持っていない。そうでもないほうは百円だけ持っている。そうでもないほうが自販機の所へ行こうと言ってクタクタなほうが嬉しそうに頷く。そうでもないほうがお金を入れてクタクタなほうに「どれがいいかな」と訪ねる。クタクタなほうはスポーツドリンクを指差した。自販機はスポーツドリンクを吐き出してやる。そうでもないほうはプルトップを空けて中身を一息で飲み干してしまった。「え? だって俺が買ったんだし」じゃあどれにする?、とか訊くなよって話だ。自販機はもう一本スポーツドリンクを吐き出してやりたいけどお金が入っていないからロックが緩んでくれない。自販機は自分の無力さに気づき、使われてる回数なんかには何の意味もないもだと悟る。
最低、ではないけどこういうやついたなぁ。百円がいまどうしても欲しい人間に向かって泥の中に落として「拾え」とかいうやつ。……なかなか際どいことを訊くね? 実体験か? か。……ああ、そうだよ。勿論百円ではなかったけどね。そうだな。あの頃の僕が欲したのは、救い、と言ったところかな。
済まない、寒いことを言ったね。どうか忘れてくれたまえ。
隣? いまさら君が何を遠慮することがあるんだい? さあ座りたまえ、どうせまたあの友達のいない人間としては鬼畜講師は二人一組で組めと言うんだろう。ところで僕は嬉しいけど君はいいのかい? 最初に一緒に来ていた友人がいたはずだろ。何、喧嘩別れした? 一体何があったんだい? と訊くのは無粋かな? ……失礼、そうか男二人がそれぞれ別の女二人に気があって女二人は両方君が好きで君は両方に別ただの友達だと思っていたのか。しかし君は磁石人間か何かかい? まあその容姿で性格上の問題がなく適度に社交的だったら人を惹きつけるには十分なんだろうね。率直に羨ましいよ。まあ僕もそんな数多い君の女友達の一人に過ぎないんだろうな。誰かの特別というやつになってみたいモノだね。
さて、今日の課題はなんだろうな。ん? 「自己紹介」、というより鬼畜講師の話を総合すれば「自分語り」と言ったほうが正確かな。…………「矮小で愚かな一個人」、僕の自分語りは御終いだ。いつもみたく舌を回さないのか、ってたまには君の方がやってみたらどうだい?
『……そうだな。じゃあやってみようか。俺は三重県伊賀市出身、まあド田舎だ。伊賀でわかるだろ? 忍者で有名な所だよ。といっても忍者についてなんか訊かないでくれよ。織田信長に攻められたことくらいしか知らないから。んで、まあさっきも言ったけどド田舎だ。田んぼの向こう奥に山が見えて夕焼けが綺麗なんだ。
通ってた中学校が二つしかクラスがなくて計六十人しか居なかった。
環境じゃなくて俺自身の話、となるとパッと話すのは難しいな。ま、この顔だろ? モテたし、モテるよ。でも長く続かなくてとっかえひっかえしてた時期な。あ、これ言うと男連中が僻むから内緒な。といってもまあそれだけが俺の人生じゃない。……はずだ。あ、あれ? いま思い出すから、ちょっと待ってくれ。
ん、あ、そうだ。この話をしようか。そんなに昔の話じゃないんだけどな。なんだか変わった子がいるなぁと思ったんだ。その子は寂しそうな顔をして人の輪を遠巻きに見てた。顔は地味、はっきり言ってそんなに目立たないタイプだな。たまたまその子に話かけた女の子に話を聞いてみたらさ、一つ話かけただけですっげー勢いで百くらい喋るんだって。お? 顔なんか顰めてどうしたんだ? まあいいか、続けるぜ。それでな、突然その子が授業の時に俺に話しかけてきたんだよ。なんだったかな、「おい、そこのイケメン君。そう、君だよ。いま周り全部が君を見たのに本人は全く反応しなかった君、君のグループは五人だろ? 僕と少しばかりのお喋りを楽しんではくれないかい?」そう、これだこれだ。俺はね、その子が思ってるよりずっと口下手なんだよ。会話が続かないんだ。第一印象はいいんだけど第二印象がてんでダメなわけだ。ド田舎で育った影響かな。皆が皆のこと知ってるからあんまり自分のこと喋る機会がなくて、冗談? お世辞? そんなのが全然言えねーの。くっだらねーとか思っちゃってさ。うまく話せなくていままでもそれでフられてた。だから一瞬でその子に興味持った。喋ってみたらその子、ホントに一で百返すのな。でもこれがまた楽なんだわ。なにせ俺が喋らなくてもいいだろ。かといって口を挟んでも無視する訳じゃない。居心地いいんだ。
いまはその子に片思い中、それが俺です。カッコ閉じる。じゃ俺は喋ったから次はあんたの番な。あんたの真似して喋ってみたはいいけど滅茶苦茶緊張した』
…………、は? え、早く喋れって、あの、え? えっと? な、なん、だと? し、失礼、少し暴走した。わかった。それじゃあ僕も僕の話をしようか。いずれ、僕がうっかり口を滑らせてならともかく、地元の誰かから君の耳に入るのが嫌だから話しておくよ。
何から話そうかな、うん、やはり始まりの話をしようか。
僕の父親は犯罪者だ。強盗致死で今も刑務所に入っている。父親がそんな凶行を起こしたのは会社をクビになったから。理由は交通事故、頭を強く打った後遺症で視力が極端に落ちてしまった。会社はさも父が視力を失くす前からクビにする予定だったように振る舞った。今にして思えば訴訟すれば勝っていたんだろうな。といっても父が以前のように出勤してパソコンのキーを叩くことは出来なかっただろうけどね。ちなみに退職金は離婚した母がほとんど持っていったよ。それを咎める気力は父にはなかった。
そんな状態で強盗なんか出来るのかって? 完全な盲目という人間は少ないらしいよ。父もモザイクが常に掛かったような状態ではあるが一応見えていたみたいだ。
父の行動は預金が切れてどうしようも無くなった末のことだった。ホントは障害者年金だとか頼るべきモノは数多くあったはずなんだけどもう疲れ果ててたんだろうね。ある日、僕が目を覚ますと父の姿がなかった。外からはサイレンの音、警察の人が来てドアを開けたんだけど何がなんだかわからない。とりあえずその日で父との二人暮しは終わった。しかし母とは連絡がつかない。僕は近くに住んでいた叔母の家に預けられた。叔母は平坦な人だった。そう、よろしくね。その日に交わした言葉は僕の自己紹介とそれだけだった気がするよ。次の日に学校に行くと皆が妙によそよそしかった。近くの子にそのことを訊ねてみたら母親に「あなたとは話をしたらいけないっていわれたから」だそうだ。顔も知らない人を恨んだのは初めてだったよ。中学校に上がってもその話はついてまわった。ところで君はハリーポッターを知っているかい? 当時ちょっとしたブームでね、僕の仇名は「穢れた血」だった。まあそんなのはまだ軽い物だろう。最悪だったのは父が殺した人の娘さんが同じ学校に居たことかな。いや、娘さんの怒りは若干筋違いではあるが正統な物だと思うよ、しかし、周りの人間の増長は一体なんだったんだろうか。……済まない、心臓の辺りが痛くなってきた。若干脈絡がないが次の段落に移らせてくれ。
そういう理由が手伝ってかな、僕は他人を渇望するようになっていた。無口では誰も寄ってくれないだろう? だからひたすら口を動かしたよ、いや、自分でもわかってる。過ぎたるは及ばざるが如しだよね。けど話終えた瞬間に世界が切れてしまうみたいになって、怖いんだ。
そんな毎日が続いたまま大学に上がって二人一組なんて鬼みたいな授業で仕方なく、だけど少し期待しながら僕は声を掛ける。それがとあるイケメンくんだったのは目に入った五人組の内、他の四人の特徴をパッと思いつかなかったからだ。いつもみたいにこのまま終わるんだろうなぁ、と思っていたら次の講義の時にイケメン君が声を掛けてくれて、
おや? チャイムが鳴ったね。続きを話させてくれるかい? じゃあ、下に降りようか。喉が渇いたな。僕は桃のジュースが好きなんだが、君がくれるならオレンジジュースもいいかも知れないね。
終
……そんな話を書いてみた。
僕はその話を二度読み返して少し吹いてしまった。なんだ? この都合のいい男は? それに現実の僕は人間を前にこんな多くの事を話せはしない。
紙の前ならばいくらでも話せるんだがね。
あっはっは、あぁ、笑えない。
僕は原稿用紙の束を開封していない父からの手紙と一緒にゴミ箱に放り捨てた。