表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

青硝子の鳥

作者: Mitsuki
掲載日:2026/06/03

夕暮れの露店通りは、人の声と光で溢れていた。


焼き菓子の甘い匂い。香辛料の刺激的な香り。細い路地を抜ける風が、吊るされた布を揺らしていく。


季節ごとに数日だけ開かれる夕市の日だった。遠方の商人達も集まるこの市は、普段よりずっと賑やかで、夜まで灯りが絶えない。


シスイは露店を覗き込むたびに目を輝かせ、その少し後ろをロキとクエルが歩いていた。


気になるものを見つけるたびに呼び止められ、その度に足を止めていた。


「見て、これ可愛い」


小さな木彫りを持ち上げるシスイに、クエルが笑う。


「君、今日はずっと楽しそうだね」


「だって滅多に来れないもん」


そう返したシスイは、次の露店へと足を進める。


その時だった。


不意に、シスイの足が止まる。


「……わぁ」


零れた声につられるように、ロキも視線を向けた。


通りの端。小さな硝子細工の露店が夕陽を受けて輝いていた。


赤。青。金色。


並べられた硝子玉や小瓶が、石畳へ色の光を落としている。風が吹くたび、吊るされた飾りが小さく音を鳴らした。


シスイが振り返る。


「少し見ていってもいい?」


「あぁ、構わないよ」


ロキが短く返すと、クエルが軽く笑った。


「行っておいで」


シスイはぱっと顔を明るくして、露店へ駆けていった。


揺れる硝子玉。細い細工の入った小瓶。夕陽を透かして色を変える飾り石。シスイは一つ手に取るたび、嬉しそうに表情を変えていく。


その様子を見ていたクエルが、隣のロキを横目で見た。


「君が見てるの、硝子細工じゃないよね?」


ロキは少し遅れて口を開く。


「……綺麗なものを見ていることに変わりはない」


「認めたね?」


「認めてない」


そう返しながらも、視線は一度もシスイから外れていなかった。


しばらくして。


シスイの手が、一つの硝子細工の前で止まった。


小さな硝子の鳥だった。


透き通る青硝子の羽に、淡い金色が混ざっている。夕陽を受けるたび、水面のように色が揺れた。


シスイはそっと持ち上げる。


「……綺麗」


小さく零れた声は、素直な感動が滲んでいた。そのまま何度か角度を変えながら眺める。


だが、不意にシスイの表情が少しだけ曇った。


少しだけ迷うように黙り込み、名残惜しそうに硝子を戻した。


ロキはそこで初めて近付いた。


「……買わないのか?」


声を掛けると、シスイが少し驚いたように振り返った。


「あ……うん」


それから困ったように笑う。


「すごく素敵だったんだけど、少し悩むお値段だったの」


「欲しいんじゃないのか」


「欲しいけど……今すぐじゃなくてもいいかなって」


ロキは何も返さなかった。


けれど、シスイが硝子を戻した瞬間の表情だけは、妙に頭に残った。


シスイはすぐに次の露店へ向かい、クエルもその後を追う。


ロキは少し遅れて歩き出した。


甘い匂いが風に乗って流れてきた。


シスイはふと足を止める。


通りの先へ視線を向けると、少しだけ表情を明るくした。


「あ」


「どうしたの?」


クエルが首を傾げる。


「あのお店、好きな焼き菓子が売ってるの」


シスイはそう言って、小さく笑った。


「買ってくるから、少し待ってて」


そう言い残すと、露店の方へ駆けていく。


しばらくして、小さな包みを抱えたシスイが戻ってきた。


「はい」


シスイはまずクエルへ一つ差し出した。


「やった」


クエルが嬉しそうに受け取る。


「ロキも」


続いて差し出された焼き菓子に、ロキは少しだけ目を瞬いた。


「……いいのか」


「たくさん入ってるから」


シスイは当たり前のように笑った。


ロキは少しだけ迷ってから受け取る。


「どう?」


「甘いな」


「焼き菓子だからね」


シスイが楽しそうに笑った。


シスイはその後も楽しそうに露店を見て回っていた。


それでもロキの頭には、青硝子の鳥と、それを戻した時の表情が残り続けていた。


夕食前になり、ロキとクエルはシスイを『カラン』まで送り届けた。


『カラン』の扉の前でシスイが振り返る。


「今日は楽しかった。ありがとう、二人とも」


「またいこうね」とクエルが笑う。


シスイが扉の中へ消えるのを見届けてから、ロキとクエルは宿へ戻ろうと歩き出した。


しばらく歩いたところで、ロキの足が止まった。


「クエル、先に戻っていてくれ」


「ん?どうしたの?」


「……すぐ戻る」


クエルは少しだけ首を傾げた。


「そう。わかったよ」


それ以上は何も聞かなかった。


クエルが先へ歩いていく。


ロキは露店通りへ向かった。


昼間より静かになった露店通りには、柔らかな灯りが落ちている。硝子細工の店も、まだ残っていた。


店主がロキを見る。


「あんた、さっきの嬢ちゃんの連れだろ?」


ロキは否定しなかった。


並べられた硝子細工の中へ視線を向ける。


迷うことはなかった。


シスイが見つめていた青い鳥は、あの時と同じ場所にあった。


「店主、それを包んでくれ」


店主が意味ありげに笑う。


「あいよ。贈り物か?」


「あぁ、気に入っていたからな」


「そうかい、そりゃいい判断だ。ちょっと待ってな」


店主は手際良く包んだ。


『カラン』へ戻ると、まだ灯りがついていた。


店の前では、リュシアンが看板を片付けているところだった。


ロキに気付くと、少し意外そうに目を向ける。


「一人か? もう閉店時間だが」


「悪いが、シスイを呼んでくれないか」


リュシアンの視線が、ロキの手元へ一瞬だけ落ちた。


「……わかった。少し待っていてくれ」


そう言って店の中へ戻る。


しばらくして扉が開いた。


「ロキ?どうかしたの?」


シスイが顔を覗かせる。その後ろにはリュシアンの姿もあった。


「少しいいか」


「うん、大丈夫だよ。リュー、お店は私が閉めるわ」


「わかった。頼んだぞ」


リュシアンは小さく頷き、店の中へ戻っていった。


扉が静かに閉まる。


ロキはシスイを伴って、扉から少し離れた場所へ歩いた。


「これを君に」


小さな包みを差し出す。


「え?」


不思議そうに包みを受け取る。


シスイは包みへ視線を落とした。


指先でそっと包み紙をなぞる。


「……今、開けてもいい?」


ロキは小さく頷く。


シスイがゆっくり包みを開く。


次の瞬間、目を見開いた。


「あ……!」


夜の灯りを受けて、青硝子の鳥がきらりと揺れる。


シスイは驚いたままロキを見上げた。


「これ、さっきの……」


「欲しいと言っていただろう」


ロキは青硝子へ視線を落とした。


「……喜ぶと思ったんだ」


短い沈黙。


それから、シスイがふわりと笑った。


「……嬉しい。ありがとう、ロキ」


シスイはそう言って、青硝子の鳥を胸元へそっと抱き寄せた。


青硝子の鳥が、灯りを受けて小さく色を揺らす。


それを見つめながら、ロキは静かに息を吐いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ