選ばれたのに、やる気がない。
初めまして。
まつおりょーしかと申します。
今回初めて小説を投稿させていただきました。
最近なかなか寝付けず、頭の中でこんな設定の作品があったらおもしろいなという妄想を繰り返したのち
どうせ寝られないのならと自分で書いてみることにしました。
初めて小説を作ったということもあり、読みにくさや、誤字あったらすみません。
ぜひ、最後まで読んでいただいて感想や次回作へ繋がる意見を頂けると幸いです。
同時並行でもう一本あげています。
そちらも見ていただけると嬉しいです。
魔王が現れたのは、ある日突然だった。東京の上空に、黒い裂け目が走る。そこから現れたのは、絵に描いたような「魔王城」。ニュースは即座に特番に切り替わり、SNSは崩壊した。専門家は「現実改変レベルの未知存在」と呼び、政府は「未曾有の脅威」と発表した。そして三日後。「勇者が選ばれました」と、世界に向けて発表された。
選ばれたのは、男だった。名前は、佐久間リョウ。27歳、無職。実家暮らし。
特にこれといった特技もなく、ただ毎日をやり過ごしていた人間。
彼の部屋に、ある日突然現れたのは光る剣だった。
「……は?」
床に刺さっているそれは、どう見ても伝説の剣だった。壁に貼ってあるアニメポスターと、コンビニ弁当のゴミ袋の間で、あまりにも場違いに輝いている。そして、頭の中に声が響いた。
『汝、勇者なり』
「いや、無理」
即答だった。
数時間後、政府関係者が押し寄せた。
「あなたが選ばれました!人類の希望です!」
「いや、働くのも無理なのに魔王とか無理です」
「剣を抜くだけでいいんです!」
「いや、その“だけ”が無理なんです」
剣は床に刺さったまま、誰にも抜けない。ただ一人彼以外には。
一方その頃。
魔王城では、会議が行われていた。
「勇者、動かぬのか?」
「はい、魔王様。現地報告によるとベッドから出ないとのことです」
「……なんだそれは」
幹部の一人が資料を差し出す。
「こちらが勇者の生活ログです」
・昼夜逆転
・食事:カップ麺中心
・対人関係:ほぼゼロ
・活動時間:主に深夜
「……弱すぎるだろう」
魔王は思わず本音を漏らした。
人間側も、困っていた。
「どうすればいいんだ……」
「勇者が戦わないと、我々では勝てない……」
「説得は?」
「『やりたくない』の一点張りです」
「報酬は?」
「『別に欲しくない』と……」
会議室に、重い沈黙が落ちる。
数日後。
ついに、異例の事態が起きた。魔王軍から「話し合いの申し出」が届いた。場所は中立地帯。廃墟となった大型ショッピングモール。そこに集まったのは、人類代表と、魔王軍幹部。そして中央にはパーカー姿の男。佐久間リョウ。
「……で、何?」
やる気は、ゼロだった。
「頼む、戦ってくれ」
人類側が言う。
「戦ってくれぬと困る」
魔王側も言う。
「……なんで?」
リョウは、心底不思議そうに首をかしげた。
「いや、世界が滅びるんだぞ?」
「うん」
「怖くないのか?」
「別に」
即答だった。沈黙。誰も言葉を続けられない。その空気を破ったのは魔王幹部だった。
「……なぜ、戦わぬ」
リョウは少し考えてから、答えた。
「勝っても、別に何も変わらないでしょ」
「……何?」
「俺の人生、別に良くならないし」
怒りでも、絶望でもなく、ただの事実みたいに。その一言で、人類も、魔王も理解してしまった。この男は、“恐怖”では動かない。“正義”でも動かない。“報酬”でも動かない。何を与えても、動かない。
「……詰んでるな」
誰かが呟いた。
それは、どちら側の勢力だったか分からない。
その日から、世界は奇妙な均衡に入る。魔王は攻めきれない。勇者は動かない。人類は何もできない。ただ、時間だけが過ぎていく。そしてある夜。リョウは、ふと剣を見た。床に刺さったままの、それ。
「……抜けるんだよな、これ」
手をかける。ほんの少しだけ、力を込める。簡単に、抜けた。部屋に光が満ちる。世界が、息を呑む。
「……で、どうすんの、これ」
彼は剣を持ったまま、本気で困った顔をしていた。世界はまだ、誰も知らない。このやる気のない勇者が、救いになるのか。それとももっと厄介な何かになるのか。
剣が抜かれた、その瞬間。世界中のあらゆる観測機器が異常を記録した。重力の歪み、電磁波の乱れ。
そして何より
「……魔王様、圧が変わりました」
魔王城の玉座の間で、幹部が膝をついた。
「わかっている」
魔王は、低く呟いた。
「あれは……完成した勇者だ」
同時刻。
六畳の部屋。
「……重」
リョウは剣を片手で持ちながら、顔をしかめていた。
「なにこれ、普通に邪魔なんだけど」
世界の希望は、邪魔扱いされていた。
数分後、とうとう奴が来た。窓の外で空間が、歪む。黒い裂け目が開き、そこから、一人の男が現れる。黒いマントを纏い異様な威圧感。そして、人間離れした静かな眼。
「……初めてまして、勇者」
「……誰?」
「魔王だ」
「……あ、どうも」
軽すぎた。歴史上初めて、魔王が軽く流された瞬間だった。沈黙が数秒つづき魔王は、深くため息をついた。
「……本題に入る」
「うん」
「戦う気はあるか?」
「ない」
魔王は、少しだけ目を閉じた。
「……理由を聞こう」
「めんどい」
「そうか」
納得した。世界の頂点同士の会話とは思えない空気が流れる。やがて魔王は言った。
「提案がある」
「なに」
「戦わない契約を結ばないか」
その言葉に、リョウは初めて少しだけ興味を示した。
「……どういうこと?」
「我は侵攻を止める。貴様は討伐をしない」
「……へぇ」
「その代わり、この世界の一部を管理領域として我に渡せ」
「別にいいけど」
即答だった。
その後世界のパワーバランスは、完全に壊れた。数時間後、緊急会議。
「ふざけるな!!!!」
人類側が激怒する。
「そんな条約認められるか!!」
「勇者が勝てばいい話だろう!!」
だが当の勇者は、椅子に座りながら言った。
「やだ」
それだけだった。
「お前は人類の代表なんだぞ!!」
「違うけど」
「世界がどうなってもいいのか!?」
「別に」
怒りも、皮肉もない。
ただ、本当にどうでもよさそうだった。
その時、魔王が口を開いた。
「理解しろ、人間」
場の空気が凍る。
「この男は、人類側ではない」
誰も、反論できなかった。
「……じゃあさ」
リョウが、ぽつりと言う。
「もうさ、全部やめない?」
「……何をだ」
魔王が聞く。
「戦争とか、支配とか、そういうの全部」
「……」
「俺が動かない限り、どっちも決め手ないんでしょ?」
図星だった。
「じゃあさ、このままグダグダ続けるくらいなら、適当に分けて終わりでよくない?」
「……貴様は、それでいいのか」
「うん」
「何も手に入らぬぞ」
「別にいらないし」
その瞬間。魔王は笑った。初めてだった。
「……面白い」
低く、愉快そうに。
「人間でもなく、英雄でもなく、ただの外側か」
その日。世界史に残る条約が結ばれた。勇者主導による停戦でも勝利でもない終戦。だが問題は、ここからだった。
数週間後。
SNSに、ある動画が上がる。
タイトルは『勇者、何もしないのに世界を止めた件』
コメント欄は、爆発した。
・「これが本当の最強か?」
・「何もしないのが一番強いの草」
・「勇者じゃなくてバグだろこいつ」
・「逆にカリスマ性がある」
そして気づけば街には何もしない勇者を真似する人間が現れ始めた。働かない、抗わない。でも、流されない。世界は、ゆっくりと壊れていく。戦わないことを選んだ結果として。
ある日。
魔王が、再びリョウの元を訪れる。
「……貴様、とんでもないことをしたな」
「なにが」
「世界が止まり始めている」
リョウは、少しだけ考えてから言った。
「……それって、悪いこと?」
魔王は、答えなかった。ただ一つ、確かなのはこの物語はもう、人類 vs 魔王ではない。「意味」を失った世界でたった一人、何も求めない存在が中心になっている。そしてそれが、誰よりも危険だった。魔王は、三日連続で来ていた。窓から。
「……鍵とか知らないの?」
「必要ない」
空間ごと開いて入ってくる相手に、鍵の概念は通じなかった。
「で、今日はなに」
リョウは布団の中から顔だけ出して言う。
「視察だ」
「なにを」
「貴様の生活をだ」
「やめて」
魔王は部屋を見渡す。六畳。散らかった床。半分潰れたペットボトル。コンビニの袋。
「……これが、勇者の居城か」
「違う」
魔王は静かにしゃがみ込み、床の剣を見る。
「なぜ使わぬ」
「重いし」
「世界を変えうる力だぞ」
「別に変えたくないし」
魔王は、ゆっくりと立ち上がる。
「……理解できぬ」
「いいよ別に」
その日を境に、魔王は定期的に来るようになった。理由は「観察対象として興味深い」とのことだった。
一週間後。
変化が起きる。
「……なんだこれ」
部屋が、少しだけ片付いていた。
ゴミがまとめられ、床が見える。
「我がやった」
「なんで」
「非効率だった」
さらに数日後。
「……なんか増えてるんだけど」
部屋の隅に、小さな棚が置かれている。
「収納だ」
「いらない」
「いる」
魔王は、妙に生活力が高かった。
「……お前、何しに来てんの?」
ある日、リョウが聞いた。
魔王は少し考えてから言う。
「わからぬ」
それは、嘘ではなかった。
魔王は本来、支配する存在だった。
恐怖を与え、秩序を壊し、世界を書き換える存在。
だが今コンビニ弁当のゴミを分別している。
「……おかしいな」
魔王は呟く。
「何が」
「貴様といると、目的が希薄になる」
「へぇ」
「戦う理由も、支配する理由も……どうでもよくなる」
リョウは、少しだけ考えてから言った。
「じゃあやめれば?」
「……簡単に言うな」
「簡単でしょ」
その一言で、魔王は黙った。
夜。
二人は、無言でテレビを見ていた。ニュースでは、「停戦後の経済停滞」「働かない若者の増加」「勇者思想の拡散」などが流れている。
「……貴様のせいだな」
魔王が言う。
「かもね」
「責任は感じぬのか」
「別に」
また、あの答えだった。だが、今回は少し違った。
「……でもさ」
リョウが言う。
「悪いとも思ってないけど、良いとも思ってないよ」
「……ほう」
「ただ、どうでもいいだけ」
魔王は、その言葉を噛みしめる。
「どうでもいい、か」
同時刻、魔王城。
幹部たちがざわついていた。
「魔王様が……戻らぬ?」
「三日目です」
「まさか……討たれたのか!?」
その頃。
魔王はコンビニにいた。
「これと、これ」
カップ麺をレジに置く。店員が固まる。明らかに人間じゃない何かが普通に並んでいる。
「……袋いりますか」
「いる」
外でリョウが待っている。
「遅い」
「並んでいた」
二人は、夜の街を歩く。魔王と勇者が、ただコンビニ帰りに並んでいる。
「……なあ」
魔王が言う。
「なに」
「我は、変わったのか」
リョウは少し考えてから答える。
「元がわかんないから知らない」
「……そうか」
魔王は、小さく笑った。その瞬間、遠くで爆発音がした。振り向くと煙が上がっている。スマホに通知。
『反勇者組織、武装蜂起停滞した世界を壊すと声明』
「…来たか」
魔王が呟く。
「なにが」
「動きたい者たちだ」
リョウは、しばらく煙を見ていた。
「……めんど」
そう言った。
だが今回はほんの少しだけ、目が違った。
「でもさ」
リョウは、ぽつりと言う。
「なんか……うるさいのは嫌だな」
魔王は、その言葉を聞いて初めて期待した。世界は今、何もしない勇者とやることを失った魔王と動きたい人間たちの三つ巴になろうとしている。そしてその中心で、二人はコンビニの袋をぶら下げて立っていた。
「……どうする、勇者」
「知らない」
「決めろ」
「やだ」
それでもほんの少しだけ、物語は動き始めていた。
その日は、静かに始まった。魔王はいつも通り窓から現れ、リョウはいつも通り布団の中にいた。
「来た」
「来たな」
「コンビニ行く?」
「行く」
異常は、その帰りに起きた。夜道、街灯の下。不自然な静けさ。
「……なあ」
リョウが言う。
「なんだ」
「今日、人いなくない?」
その瞬間、囲まれていた。屋上、路地裏、ビルの影。黒い装備の人影が、無数に現れる。統率された動きに無駄のない配置。明らかにプロ。
「……対魔王特化部隊」
魔王が、静かに言う。
「人間側か」
一人が前に出る。顔は見えないが声ははっきりしていた。
「対象確認。魔王。排除を開始する」
リョウは、少しだけ目を細めた。
「……なんで今さら」
「理由は単純だ」
別の男が言う。
「勇者が機能していない以上、我々がやるしかない」
つまり勇者を諦めた。
「……なるほど」
魔王は、どこか納得したように頷く。
「合理的だ」
「抵抗するな」
男が言う。
「お前はここで終わる」
数秒の沈黙。
「……めんど」
誰も動かなかった。その一言が、妙に場を狂わせた。
「……退け、勇者」
魔王が言う。
「これは我の問題だ」
「えー」
リョウは、露骨に嫌そうな顔をする。
「帰りたいんだけど」
「なら帰れ」
「お前どうすんの」
魔王は、少しだけ考えてから言う。
「……全滅させる」
空気が張り詰める。
だが、リョウは、首を振った。
「それもめんどい」
「……は?」
初めて、魔王が間の抜けた声を出した。
「全滅とかしたら、また面倒なの増えるじゃん」
「……はぁ」
「報復とか、次のやつとか」
静かに、核心だった。
「じゃあどうする」
魔王が聞く。リョウは、少しだけ考え剣に手をかけた。あまりにも軽く、抜かれる。その瞬間、空気が、変わる。部隊の一人が叫ぶ。
「構えろ!!来るぞ!!」
だが、リョウは一歩も動かなかった。ただ、剣を持って立っているだけ。
「……なにをするつもりだ」
魔王が低く聞く。リョウは、小さく答える。
「別に」
全員が、動けなくなった。音が消える。呼吸が止まる。思考が、凍る。何もされていない。斬られてもいない。攻撃もない。ただ動けない。
「……なんだ、これは」
魔王が、初めて明確に動揺する。リョウは、剣を肩に乗せたまま言う。
「さあ」
一人、また一人と武器を落とす。恐怖ですらない、理解不能による停止。
「…帰ろ」
リョウが言う。
「待て」
魔王が止める。
「なぜ……助けた」
リョウは、少しだけ考えてから言った。
「別に助けてないよ」
「……何?」
「たださ」
少しだけ、面倒そうに。
「目の前で死なれると、後味悪いじゃん」
それだけだった。沈黙。魔王はその言葉を理解するのに、数秒かかった。
「……それが、理由か」
「うん」
「我は……貴様の敵だぞ」
「知ってる」
「それでもか」
「別にどうでもいいし」
その言葉に、嘘はなかった。ただ一つ確かなことがあった。この瞬間、関係が変わった。
観察対象でもなく、利用価値でもなく、敵でもなく。名前のない何かに。遠くで、サイレンが鳴る。時間が、再び動き出す。魔王は、静かに言った。
「……次は、我が守る番だな」
リョウは即答する。
「いらない」
「……そうか」
それでも魔王は、わずかに笑っていた。世界は気づいていない。最悪のバディが、静かに成立してしまったことに。異変は、静かに広がっていた。
対魔王特化部隊。
彼らは、あの日帰還していた。
「状況を報告しろ」
上官が言う。隊員は、しばらく沈黙してから答えた。
「……何も、されていません」
「は?」
「攻撃も、干渉も……一切」
「ならなぜ動けなかった」
その問いに、隊員は言葉を詰まらせた。
「……わかりません」
沈黙。だが、問題はそこではなかった。
「記録を出せ」
「……それが」
「消えています」
「何?」
ヘルメットのカメラ、生体ログ、通信記録、そのすべてがなかったことになっていた。
「故障か?」
「いえ……」
隊員は、震える声で言う。
「故障したという事実も、記録に残っていません」
その瞬間、会議室の空気が変わった。
「……ありえない」
だがそれは、もう起きている。何も起きていないという形で。
同時刻。
「……おい」
リョウの部屋。魔王が、静かに言う。
「貴様、あの時……何をした」
「なにも」
「嘘をつけ」
「ほんとに」
リョウは、少し考えてから言う。
「ただ、めんどいなって思っただけ」
「……それだけで、あれが起きるか」
魔王は、ゆっくりと目を細める。
「……違うな」
そして、確信する。
「あれは止めたのではない」
「……?」
「起きなかったことにしたのだ」
部屋の空気が、重くなる。
「……何それ」
リョウは、本気でよくわかっていなかった。魔王は続ける。
「攻撃も、抵抗も、恐怖もすべての発生そのものが否定されている」
「……」
「つまり貴様は」
一瞬、言葉を選ぶ。
「結果を壊すのではなく」
さらに、深く。
「原因ごと消している」
リョウは、少しだけ眉をひそめる。
「……それって、強いの?」
魔王は、即答しなかった。代わりに、静かに言う。
「最悪だ」
その言葉には、一切の誇張がなかった。
「なぜならそれは、干渉された事実すら残らぬ」
「……」
「対策も、分析も、進化もできない。世界そのものが、学習できなくなる」
リョウは、少し黙ったあと言った。
「……へぇ」
興味は、薄かった。だが、その時だったノック音。二人は同時にドアを見る。
「……誰」
「気配がない」
魔王が言う。ドアが、ゆっくり開く。そこに立っていたのは白衣の女だった。
「……初めまして、勇者。観測者機関、第三解析部の者です」
魔王が、即座に構える。
「何者だ」
「あなたも観測対象です、魔王」
女は、微笑む。
「安心してください」
「すでにあなた方は収容されています」
「……は?」
「この部屋、この空間、この時間」
女は、淡々と続ける。
「すべて外界から切り離された観測領域です」
「……いつから」
魔王が低く問う。
「最初からです」
魔王が、ゆっくりと剣を見る。
「ではなぜ、貴様は消えない」
女は、初めて少しだけ表情を変えた。
「……それが問題なんです」
まっすぐにリョウを見る。
「あなたの能力は、概念破壊と仮定されています」
「……概念?」
「はい」
女は言う。
「出来事、状態、関係性、それらを成立させる前提そのものを、無効化する力」
「……」
ほんのわずかに、声を落として。
「つまりあなたは、世界のルールに従っていない」
リョウは、少しだけ考えそして言った。
「……じゃあさ」
「はい」
「これもなかったことにできる?」
女の目が、わずかに揺れる。
「……理論上は」
その瞬間、リョウはいつものように呟いた。
「……めんどいな」
観測者機関の存在そのものが、曖昧になる。女の輪郭が、揺れる。
「――待っ」
言葉が、途中で途切れる。なぜならそれは最初から存在しなかったから。ドアの前には誰もいなかった。
魔王は、ゆっくりと息を吐く。
「……今、何をした」
「知らない」
本当に、知らない顔だった。だが一つだけ、確かなことがある。この力は、敵を倒すためのものではない。世界そのものを、成立させなくする力だ。そして、その中心にいるのは何も望まない、一人の男。
魔王は、静かに笑う。
「……やはり貴様は、勇者ではないな」
リョウは答える。
「最初から言ってるじゃんやる気ないって」
世界はまだ、この事実を知らない。魔王よりも厄介な存在が、すでに日常の中にいることを。
世界は、ゆっくりと薄くなっていた。ニュースは続いている。経済は停滞。戦争は止まったまま。人々は、どこか動かない。だが誰も、それを異常と言えなくなっていた。
「……おい」
リョウの部屋。
魔王が、カップ麺をすすりながら言う。
「これ、味薄くないか?」
「いや、普通」
「そうか……」
だが実際には。味という感覚が、少しずつ曖昧になっていた。原因は、一つ。
「……貴様だな」
「うーん」
リョウは布団にくるまりながら言う。
「俺なんもしてないよ」
「それが問題だ」
魔王は、静かに言う。
「貴様は、何も望まない」
「うん」
「だから世界も、何も起こらなくなる」
「……どういうこと?」
魔王は、少しだけ考えてから言う。
「世界はな、本来欲望で動く。生きたい、勝ちたい、守りたい、壊したい」
「それらが衝突して、意味が生まれる」
「...ほぉー」
「だが貴様は違う。何も望まない、何も選ばない、だから」
ほんの少し、間を置いて。
「どの可能性も成立しなくなる」
リョウは、しばらく黙っていた。
「……それってさ」
「なんだ」
「俺、ラスボスってこと?」
魔王は、即答した。
「そうだな」
「マジか」
世界の終わりにしては、あまりにも軽かった。
その頃。
世界各地で、消失が始まっていた。戦争は起きない。だが復興も起きない。恋は始まらない。だが失恋もない。挑戦はない。失敗もない。すべてが起きる前に曖昧になる。そして人々は、それにすら気づかなくなる。
「……これ、どうすんの」
「知らん、お前のせいだろ」
「だと思う」
「直せ」
「やだ」
魔王は、深くため息をつく。
「……では一つ聞く」
「なに」
「貴様は、本当に何も望まぬのか」
リョウは、少しだけ考えた。長い沈黙。
「……いや」
初めてだった。魔王が、顔を上げる。
「何かあるのか」
リョウは、ぽつりと言った。
「めんどくさいのは、嫌」
数秒。魔王は、ゆっくりと理解する。
「……それは望みだ」
空気が、わずかに戻る。
ほんのわずかに、遠くで誰かが転ぶ。
「痛っ」
小さな声。それは、初めて起きた出来事だった。
「……マジで?」
リョウが言う。
「うむ」
魔王は、静かに笑う。
「貴様、やっと選んだな」
その瞬間世界は、ほんの少しだけ動き出した。完全ではない。まだ曖昧で、不安定で、今にも消えそうなほど弱い。だが確かに、何かが起きる可能性が戻った。
「……めんど」
リョウが言う。
「ならやめるか?」
魔王が聞く。
「いや....完全に止まるよりはマシかも?」
魔王は、笑った。
「それで十分だ」
外では、誰かが笑っていた。理由はわからない。でも、笑ったという事実は、ちゃんと残っていた。
世界は、救われていない。魔王も、倒されていない。勇者も、やる気がないままだ。それでもほんの少しだけどうでもよくない何かがこの世界に残った。
「……なあ」
リョウが言う。
「なんだ」
「カップ麺、もう一個ある?」
「ある」
これが、この世界の結論だった。
~END~
最後まで読んでいただきありがとうございます。
いかがでしたでしょうか?
主人公の能力を決定してから作成はしたものの内心、もうちょっとわかりやすい能力にすればよかったと
後悔していました。
しかしながら、最後はこんな感じにしたい!というのがそのまま表現できてよかったです。
是非、コメント等いただけると幸いです。




