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塗り替えられた夜 ― 匿名という本音 ―  作者: 西崎小春


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第6章 着信

サイレンよりも、静かな着信音のほうが厄介なときがある。

ユイは、ベッドの上でスマートフォンを裏返した。

画面が震える。短い振動。止まる。 また震える。

登録のない番号。

昨日の夜もかかってきた。

ユイは深く息を吐く。

出なければ、それで済む。 それが今の自分の選択だ。

だが、着信は記憶を呼び起こす。

夜の交差点。 バイクのライト。 怒鳴り声。

「戻ってこいよ」

あの声が、まだ耳の奥に残っている。

スマートフォンがまた震える。

ユイは、電源ボタンを長押しした。

画面が暗くなる。

静かになる。

それでも、心臓の鼓動は落ちない。

その夜、ユイは二十三時を過ぎてもメールを開かなかった。

レンからのメールは、二十三時三十三分に届いていた。

件名:レン 本文:いる。

既読はつかない。

レンは、画面を見つめたまま動けなくなる。

いつもなら、数分で返る。

今日は違う。

五分。 十分。

レンの手が震え始める。

「返信がないとき、どう考えればいいですか?」

AIに打ち込む。

返ってくる整った答え。

相手の事情を想像しすぎないことが大切です。

レンは、画面を閉じる。

事情。

分かっている。

でも、事情の中に自分が含まれていない可能性が怖い。

レンは、もう一通送る。

大丈夫?

送信。

既読はつかない。

レンは、部屋の中を見回す。

何も変わらない。

冷蔵庫の音。 閉じたカーテン。

だが、夜が空洞になる。

ユイがいない夜。

それは思っていたよりも重い。

翌日。

ユイは、昼過ぎにスマートフォンの電源を入れた。

通知が並ぶ。

レンからのメールが二通。

いる。 大丈夫?

短い文。

ユイは、胸が締め付けられる。

返信しなければ。

でも、何を書けばいい。

「昔のやつから電話があった」 「少し怖い」 「逃げたくなった」

言葉にすると、過去が近づく。

ユイは、AIを開く。

「過去の知人から連絡がありました。どう返せばいいですか?」

画面に表示される助言。

・無視して問題ありません

・信頼できる人に相談しましょう

・警察に相談する選択肢もあります

正しい。

でも、冷たい。

ユイは画面を閉じる。

レンに打つ。

ごめん。

昨日ちょっと無理だった。

送信。

数秒後、既読。

すぐに返信。

何かあった?

ユイは、スマートフォンを握る。

ここで、どこまで言うか。

全部は言えない。

でも、何も言わないのも違う。

昔のやつから電話。

出てないけど。

しばらく間。

レンの返信。

怖い?

ユイは、少し笑う。

正しい言葉じゃない。

でも、核心だ。

うん。

短く打つ。

レンの返信は、少し時間がかかった。

その間、ユイは不安になる。

AIを使っているのかもしれない。

整った慰めが来るかもしれない。

やがて届いた文は、短かった。

何もできないけど。

いる。

ユイは、目を閉じる。

整っていない。

頼りない。

でも、それでいい。

何もできなくていい。

いるだけでいい。

打ってから、少しだけ恥ずかしくなる。

依存しているみたいだ。

だが、本当だ。

レンは、すぐに返す。

じゃあ、いる。

それだけ。

それだけで、部屋の空気が少し戻る。

だが、着信は止まらない。

夜になると、また震える。

ユイはスマートフォンを見つめる。

着信履歴が増えていく。

レンには言わない。

心配させたくない。

でも、夜に少しだけ遅れる。

レンは、その遅れに敏感になる。

今日も電話?

レンが打つ。

ユイは一瞬、嘘をつきかける。

うん。

正直に送る。

レンは、数分黙る。

その沈黙が、ユイを不安にさせる。

やがて、届く。

警察とか、相談した方がいい?

ユイは、苦く笑う。

相談。

そんな簡単な話じゃない。

そこまでじゃない。

ただ、思い出すだけ。

少し間。

ユイが戻らないなら、それでいい。

レンの言葉は、不器用だ。

守れない。

助けられない。

でも、信じている。

ユイは、胸が熱くなる。

戻らない。

絶対。

レンは打つ。

じゃあ大丈夫。

根拠はない。

でも、強い。

ユイは、画面を見つめながら思う。

この人は、強くない。

でも、逃げない。

それは、自分より少しだけ勇気がある。

その夜、ユイは決める。

着信番号をブロックする。

震える指で、設定画面を開く。

ブロック。

確認。

完了。

小さな決断。

でも、自分で選んだ。

ユイは、レンに送る。

ブロックした。

すぐに返信。

進化。

ユイは笑う。

レンの真似。

レンは、少し間を置いて打つ。

俺も今日、コンビニ行った。

ユイの指が止まる。

マジ?

店員に「袋いりますか」って言われた。

うなずいた。

声出なかったけど。

ユイは、思わず笑う。

進化じゃん。

レンは、短く返す。

ユイがいるから。

その一文に、ユイは静かになる。

依存かもしれない。

でも、互いに前に進んでいる。

夜は、まだ暗い。

過去は消えない。

でも、少しだけ色が変わっている。

塗り替えられたのは、夜そのものじゃない。

夜の中での、立ち位置だ。

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