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塗り替えられた夜 ― 匿名という本音 ―  作者: 西崎小春


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第5章 整えられた言葉

DMに移ってから、夜は少しだけ速くなった。

掲示板のときは、間があった。 他人の書き込みが挟まり、沈黙が自然に紛れた。

今は違う。

既読がつく。 返信が来ない時間が、そのまま“間”になる。

レンは、その“間”が少し苦手だった。

その夜も、二十三時三十分。

レンは先にメールを送る。

件名:レン 本文:いる。

すぐに返信。

件名:Re 本文:いる。

それだけで安心する。

だが今日は、ユイの返信がいつもより遅い。

五分。 七分。

レンは、落ち着かなくなり、AIを開く。

「返信が遅いと不安になります。どうすればいいですか?」

表示された答えは、冷静だった。

相手にも都合があります。不安を感じたら――

レンは途中で閉じる。

分かっている。

でも、理屈と感情は別だ。

やがて、ユイからメールが届く。

ごめん。 電話きてた。

短い。

レンは、指を止める。

電話。

自分とは違う世界の音。

誰から?

打ってから、踏み込みすぎたと気づく。

だが、ユイは隠さなかった。

昔のやつ。

出てないけど。

レンの胸に、ざらりとした感覚が走る。

昔のやつ。

ユイの過去。

レンはそれを詳しく聞いたことがない。

聞かないようにしていた。

怖いからだ。

自分の知らない時間が、ユイの中にある。

まだ連絡くるんだ。

たまに。

少し間。

でも戻らない。

その一文に、強い意志がある。

レンは安心する。

でも同時に、言葉を選ぶ。

ユイを励ましたい。 支えたい。

レンは、AIを開く。

「過去と決別しようとしている人にかける言葉」

いくつもの整った文章が表示される。

・あなたは変わっています ・前に進んでいます ・過去はあなたを定義しません

どれも正しい。

レンは、そのうちの一文をコピーして、少しだけ言い回しを変えた。

ユイはもう前に進んでると思う。 過去は関係ない。

送信。

すぐに既読。

だが、返信が来ない。

一分。 三分。

レンの指先が冷たくなる。

やがて届いたのは、短い文だった。

それ、AI?

レンの心臓が跳ねる。

画面の文字が、少し遠く見える。

嘘をつくか。

正直に言うか。

レンは、喉を鳴らし、打つ。

少し参考にした。

既読。

返信が来るまで、やけに長い。

そっか。

それだけ。

レンは、胸の奥がひりつくのを感じる。

何が悪かったのか分からない。

正しいことを言ったはずだ。

ユイが、続けて打つ。

なんかさ。

レンの言葉じゃない気がした。

レンは、息を止める。

“レンの言葉じゃない”。

それは、核心を突かれている。

レンはAIを開く。

「AIを使ったことを指摘されました。どう返せばいいですか?」

画面には、誠実な謝罪例が並ぶ。

・率直に認めましょう ・あなた自身の気持ちを伝えましょう

レンは、画面を閉じた。

もう、整えるのはやめる。

震える指で打つ。

うまく言えなかった。

ユイが不安そうだったから、ちゃんとしたこと言いたかった。

でも、ちゃんとしてない。

送信。

数秒後。

それでいい。

レンは、画面を見つめる。

私、整った言葉ちょっと怖い。

面接のときと同じ感じするから。

レンは理解する。

整えられた言葉は、距離を作る。

安全だけど、冷たい。

ごめん。

レンが打つ。

うん。

でも、レンが考えてくれたのは分かる。

少し間。

参考にするのはいいけどさ。

そのままはやめて。

レンは、小さく笑う。

わかった。

もうやらない。

多分。

ユイから、すぐに返る。

多分かよ。

レンは、少しだけ軽くなる。

空気が戻る。

だが、その夜はまだ終わらなかった。

ユイが、突然書く。

レン。

私さ、本当は21じゃない。

レンの指が止まる。

20。

一個サバ読んだ。

レンは、少しだけ安心する。

大きな嘘じゃない。

俺も23じゃない。

22。

すぐに送る。

ユイの返信。

おあいこ。

少し間。

なんでサバ読んだ?

レンは考える。

本音を書く。

少しでも大人に見せたかった。

弱く思われたくなかった。

既読。

レン、もう十分弱いだろ。

レンは笑う。

そうだね。

ユイの次の一文は、少しだけ優しかった。

でも、それでいい。

レンは、胸の奥がじんとする。

整っていない言葉。

短い。

でも、温度がある。

その夜、二人はほとんどAIを開かなかった。

整えない。

少し変でもいい。

誤字も、そのまま。

レンは、ふと気づく。

AIは便利だ。

でも、ユイに見抜かれたとき、

自分の中の何かが少し壊れた。

整った言葉で守られていた自分が、 少しだけ裸になった。

怖い。

でも、軽い。

ユイもまた、思う。

レンは正しいことを言おうとした。

それは優しさだ。

でも、自分が欲しかったのは、正しさじゃない。

“レンの不格好な言葉”。

夜は深くなる。

境界線はまだある。

会わない。

本名も知らない。

でも、ひとつだけ確かなことがある。

整えられた言葉より、 震えた言葉の方が、 今は近い。

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