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塗り替えられた夜 ― 匿名という本音 ―  作者: 西崎小春


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第4章 境界線

匿名掲示板には、暗黙の了解がある。

深追いしない。 個人情報を聞かない。 流れた言葉は、流れたままにする。

レンは、その距離感が好きだった。

名前は本名じゃない。 顔も知らない。 年齢も、住んでいる場所も曖昧。

だからこそ、安心できる。

だがある夜、流れが変わった。

ユイが書き込む。

最近さ、このスレ人増えてない?

レンは一覧を確認する。

確かに、レスの速度が上がっている。

他人の書き込みが、二人の会話の間に割り込む。

悪意はない。 でも、邪魔だ。

うん。

流れ早い。

レンが打つ。

ユイが少し間を置いてから書く。

ここ、落ちたら困るな。

その一文に、レンの胸が小さく鳴る。

“困る”。

レンも同じだ。

掲示板が消えたら、 ユイとの接点は消える。

それは、想像したくない。

ユイが続ける。

別のとこ、作る?

レンは、キーボードに指を置いたまま止まる。

それは一線を越える提案だ。

掲示板は“公”だ。 誰でも読める。 だから逆に安全だ。

DMは“私”になる。

二人だけの空間。

距離が縮まる。

縮まった距離は、壊れやすい。

レンはAIを開きかける。 閉じる。

これは、誰にも整えてもらえない。

どうやって?

慎重に打つ。

ユイの返信は早い。

捨てアド。

それなら平気。

レンは考える。

メールアドレス。 匿名の延長。

本名を出さなければいい。

でも、匿名掲示板とは違う。

“二人だけ”になる。

レンの胸の奥で、怖さと期待が同時に膨らむ。

ユイが、さらに書く。

嫌ならいい。

ここでもいい。

逃げ道を作る。

それが優しい。

レンは思う。

ここで断ったら、距離は保てる。 でも、少しだけ後悔するかもしれない。

レンは、打つ。

やってみる。

送信。

指先がわずかに震える。

三十分後。

新しく作った捨てアドレスから、ユイにメールを送る。

件名:レン

本文:いる。

短い。

数分後、返信が届く。

件名:Re

本文:いる。

掲示板と同じ言葉。

でも、違う。

二人だけの画面。

流れない。

消えない。

レンは、少し息が浅くなる。

ユイもまた、画面を見つめていた。

レンが来た。

逃げなかった。

ユイは、自分の胸が軽くなっていることに気づく。

ここなら、邪魔入らないな。

送信。

レンの返信。

うん。

ちょっと緊張するけど。

ユイは笑う。

何でだよ。

二人だけだから。

その言葉が、ユイの胸を打つ。

二人だけ。

それは甘い響きではない。 重い。

ユイは、少しだけ嘘を混ぜる。

私さ、21。

本当は20。

一歳の差に意味はない。 でも、本当の数字を出すのが怖い。

レンの返信。

俺は23。

本当は22。

レンも嘘をついた。

互いに一歳、年上になる。

少しだけ大人に見せたい。

匿名のままなのに、 見栄を張る。

ユイは、画面越しにそれを感じる。

どこ住み?

踏み込みすぎかもしれない。

でも、距離を測りたい。

レンは迷う。

本当の市名を書くか。 隣の県にするか。

レンは、少し離れた場所を書いた。

本当より、少し遠い町。

ユイも、少し離れた駅名を書く。

お互い、本当の位置を隠す。

境界線は、まだ引いている。

夜は深くなる。

DMは続く。

掲示板よりも速い。

返信が来るまでの時間が短い。

距離が縮まる。

ユイが打つ。

レンってさ。

会ったら普通に話せんの?

レンの手が止まる。

“会ったら”。

その言葉は、まだ遠い未来のはずだった。

多分無理。

震える。

正直に打つ。

ユイは少し間を置く。

そっか。

じゃあ会わない方がいいな。

軽い調子。

でも、本音が混ざる。

レンは、胸がざわつく。

会わない方がいい。

それは安心でもあり、寂しさでもある。

うん。

ここでいい。

送信。

ユイも打つ。

ここでいい。

二人は同じ結論に辿り着く。

会わない。

でも、繋がる。

境界線を越えたのに、 最後の一線は引いたまま。

それが心地いい。

その夜、レンはAIを開いた。

「誰かと会わない関係は、間違っていますか?」

回答は、いつものように整っていた。

レンは読まずに閉じる。

間違いかどうかは、 今はどうでもいい。

ユイがいる。

それだけで、夜は変わる。

ユイもまた、AIを開く。

「人に依存しすぎない方法」

表示された文章を眺める。

依存と信頼の違い。

境界線。

適切な距離。

ユイは、画面を閉じる。

レンの「ここでいい」という一文を思い出す。

ここでいい。

会わない。

でも、消えない。

夜は、少しだけ塗り替えられている。

まだ完全ではない。

だが確実に、 二人の世界は狭まり、深くなっている。

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