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燃え跡

 エイマンとリリーの二人がその場所に着いた時、瓦礫は綺麗に片付けられた後だった。

 建物が存在していたと思われる場所は完全に更地になっていて、立ち入らないように示す簡易な柵で囲われていた。


「燃えかす一つ残ってないのね」

「……全て片付けました。風が火の回りを早くしたのです。あの日は風なんて吹いていなかったはずなのに、火災の知らせが入った頃突然強くなって……あっという間に炎に飲み込まれてしまいました」


 詳細を説明するのは、この(やしろ)に務める年若い禰宜(ねぎ)の一人だった。

 エイマンは目の前の何もない地表をしばし見つめた後、彼に向き直って質問する。


「火災が発生したのは二日前でしたね。私の方でもある程度情報は集めてきましたが、確認させていただきたい。犠牲者は?」

「この社の管理者であった宮司とその息子の禰宜、二人です。二人共自宅(この場所)にいたはずですから……間違いないでしょう。遺体も私が確認しました」


 僅かに震えた声で答えた禰宜に、リリーは気遣った声をかける。


「あなたの上司と同僚だったのね」

「……はい」


 エイマンとリリーは僅かにお互いの目を見交わした後、肩を震わせて泣き出してしまった禰宜を支えながらその場を後にした。今得られた情報だけで十分だった。



◆◆◆



 エイマンが取った部屋は、ホテルの上層階だった。

 見晴らしの良さが売りのその部屋の窓から外を見下ろすと、街の中にそびえ立つ大きな鳥居をすぐに見つけることができた。鎮守の森が広がるその一体だけ、丈高い木で覆われ緑が集中している。近代的な建物が立ち並ぶ賑やかな市街地の中で、そこだけが切り取られたように目立っていた。先程までリリーとエイマンがいた場所である。

 王都から車で約二日がかりの道のりだった。休憩もろくに取らず、ひたすら座りっぱなしの体勢だった。全身が怠い。張り詰めていた緊張の糸が切れたように、リリーはベッドに身体を投げ出していた。


―――お母さんじゃなかった


 安堵すると同時に、罪悪感に胸を突かれる。


――でも二人も亡くなった……


 どう扱えば良いものか分からない感情に、リリーは頭を抱えた。

 二日前の夜。ステージを終えた彼女の腕を引っ張って、人気のない楽屋に押し込んだエイマンの言葉が蘇る。


『おばさんとおじさんが暮らしていた場所が分かった』


 説明するエイマンすら、その内容を飲み込みきれていない様子だった。それを聞くリリーも同様だった。

 それから兎に角、二人はこの場所に車を走らせたのだった。


「お母さんとお父さんは、本当にあの(やしろ)にいたのかしら」


 部屋にエイマンが入ってきた気配がした。ドアの閉まる音が静かに響く。


「……燃えたのは宮司の家だ。その場所に五年前からおばさんたちは身を寄せていたらしい。一部の人間しか知らなかったようだね」

「一部の人間……さっきの人は?」

「彼はおばさん達のことは、他の神社関係者と思っていた。そのように宮司から説明されていたそうだよ」


 エイマンがベッドに腰を下ろしたので、リリーは身体が僅かに沈み込むのを感じた。


「なぜ燃えたのかしら」

「原因は分かっていない」

「まさかお母さんたちが……」


 その先を制するように、エイマンの手がリリーの手に重ねられた。


「冷静になれ。なぜおばさんたちが宮司の家に放火する必要がある? 宮司たちが君の家族を匿っていた――そう考えるのが自然だろう」

「何から匿っていたというの? 父さんたちは何かに追われているの……? 全然分からない」


 数週間前に突然姿を見せた兄の言葉が、脳裏に浮かんだ。


――家を守れ


 兄はそんなことを言っていた。


――確かにお兄ちゃんは、何かから身を隠していた……結界を使ってまで


 兄がある人から世話してもらったという護符。ああいう類の道具は、神職に携わる者が扱うものだ。もしかしたら両親を匿っていた宮司が、兄に与えたのかもしれない。燃え跡から見つかったという宮司が……

 しかしリリーは、この話はエイマンにも打ち明けようとは考えていなかった。


「きっとこの街から別の場所へ移動したんだ」


 透証から映し出される地図を示しながらエイマンは言う。二人が今いるこの街は、国の南部に位置している地方都市だった。


「しかしどこへ行ったのか見当もつかないな……先程の社のように、大きな神社のある街をあたってみるか」


 独り言のようだった。エイマンはしばらく考え込むような思案顔のまま、地図から顔を動かそうとしなかった。

 身体を起こしたリリーは、おもむろにそんな彼の背中に顔を埋めた。ピクリと動いた大きな身体に腕を回すと、体温が直に感じられて、騒いだ心はいくらか静まっていく。


「連れてきてくれてありがとう。少し休んだら、もう帰りましょう。多分私達が探したって、見つかりっこないわ。そんな気がするの。生きていることは何となく分かったんだし、そのうち向こうから戻ってくると思う」


 リリーは兄の告げた言葉の後ろに、両親と兄は然るべき時が来れば帰ってくる意思があると読み取ったのだった。もしかしたらそれは自分の都合の良い解釈かもしれないが、今までのようにただ漠然と待つだけなのとは、大きく状況は変化しているように思えるのだ。


「それでいいの。せっかく歳納の楽しい時期なんだから、帰らなくちゃ。その前に亡くなった宮司さん親子にも、挨拶していきましょう」

「……君がそうしたいと言うのなら」


 地図が消え、ベッドの軋む音が二人の耳に届く。静かに唇が重なって、離れた。そしてお互いの瞳にお互いの姿が映り込んだ時だった。エイマンの透証から、誰かからの着信を告げる電子音がけたたましく鳴り響いたのだった。

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