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ギタリスト

 年の瀬も迫った、ある昼下がり。

 侑子はサンルームで、物質変換の練習をしていた。放出する魔力量の調節が大分上手くなったので、室内での自主練習ができるようになったのだ。央里の冬の積雪は大したことはなかったが、からっ風が吹き付けて底冷えする。屋外で長時間練習するのは、かなり厳しそうだと秋の時点で分かっていた。そのためリリーとジロウから屋内での魔法使用の許可が出たことに、心底ほっとしたものだ。


――さて、練習するか


 目の前のティーテーブルの上には、菓子の空き箱が二つ並んでいる。そのうちの一つには、小石が沢山詰め込まれていた。

 指先大の丸い小石を一つ手に取る。両の手のひらの上に大切そうに置いて、じっと見つめた――灰色の小石の上に、小さな光りの粒が集まってくる。磁石に集まる砂鉄のようだ。

 息をひそめ、侑子は気持ちを平静に保つよう気をつけた。やがて光りの粒がぱっと弾け飛ぶと、そこには小石の代わりに、同じ形の全く別の鉱物があった。侑子はほっと息を吐いた。成功だ。

 彼女が変換したのは、紫色のアメジストだった。一センチ大の歪な丸い形は、先程の小石そのままだ。僅かに透き通った紫色は淡いラベンダー色で、侑子が頭に思い描いていた通りの色合いだ。

 今日はこの菓子箱に詰めた小石を、ひたすら半貴石に変換する練習をするつもりだった。これくらいの物質変換であれば、侑子よりも小さな子供たちですら、一秒もかからずやってのける。『数をこなせば感覚をつかめる』というユウキたちのアドバイスを信じて、侑子はここのところ、このような地道な練習を繰り返していたのだった。



◆◆◆



 侑子のいた日本では、師走とよばれる十二月。何やら賑やかになるのはこの世界でも同じようだった。

 ヒノクニでは年末年始は家族に限らず、友人知人などの親しい人と寝食を共に過ごすことが習わしらしい。

 今月に入ってからジロウの屋敷には、彼の友人や変身館の関係者たちが家族を伴って訪れるようになっていた。皆一ヶ月程をこの屋敷で過ごすのだという。侑子はここで暮らすようになって初めて、沢山の客間がほぼ全て埋まっている状態を目にしたのだった。

 そんな訳で、館の中は一日中人の気配が絶えず賑やかだ。自室から一歩廊下に出れば誰かしらと顔を合わせる。最初こそこの賑やかさに面食らった侑子だったが、すぐに心地よさすら感じるほどに順応してしまった。

 自室にこもらずこうしてサンルームで魔法練習しているのも、練習の合間に誰かと会話する機会を逃したくないからだった。少し過去の自分からは、想像もつかないような行動である。今の侑子は自分が誰かとの繋がりを欲していると、よく分かっていた。


――この世界のことを、もっと知りたい  


 そんな知識欲もあったし、誰かと会話してその人のことを少しずつ知っていくということに、喜びを見いだせるようになっていたのだ。人前で歌を歌えるようになってから、人との関わりに及び腰になる必要はないのだと納得できるようになったからだった。


◆◆◆


 とは言っても、昼間のこの時間に館に残っている者は意外と少なかった。央里の外から訪れた人は王都観光に出かけているし、ライブハウス関係者は変身館に出向いていることが多いのだ。

 そのため一人黙々と練習に励むことのできた侑子は、空き箱を美しい鉱石で、どんどん満たしていった。皆の助言通り、数をこなすほど速度が早まるものなのだろう。慣れとは侮れないものである。いつしか手の上の小石を注視しなくとも、変換を成功させることができるようになっていた。


――だめだめ。油断してまた爆発させちゃうかもしれないし!


 気合を入れ直すつもりで大きく伸びをした。そんなタイミングだった。サンルームの向こう側から、誰かが呼びかけたのだった。


「ごめんください」


 ドアベルも鳴ったのかも知れないが、聞こえなかった。来客だろう。今月に入って何度も来客を出迎えていたので、知らない人物のそんな声にも、慣れていた。


「ごめんなさい、チャイムが聞こえなくて」


 ノマも外出しているのだろうか。彼女が在宅なら、真っ先に出迎えているはずだ。早足で玄関に向かった侑子の目が捉えたのは、案の定知らない人物だった。傍らに大きなスーツケースが置いてある。


「歳納のお客様ですか?」


 年末年始を共に過ごす為に訪れた客であれば、この質問に頷くはずだ。

 しかし侑子の予想に反して、その客は首を振った。


「変身館に新しく雇われたギタリストですよ。歳納も此方でお世話になるんですけどね。ジロウさんから、まずこっちに来るようにって連絡をもらったんだ」


 男が背中に背負っているのは、ギターケースだ。侑子は頷いた。外門を通れたのも、ジロウと約束をした客だったからだろう。


「ジロウさん、今変身館なんです。今日は夕方には帰ってきますよ。荷物、部屋に運んでおきましょうか」

                                                            

 来客への対応にも、すっかり慣れている。透証を操作して、ジロウから予め送ってもらっていた年末年始の来客名簿と部屋番号をまとめた一覧表を呼び出した。3D映像となって映し出される画面を確認して、侑子は男に訊ねる。


「お名前聞いていいですか?」

「アミ・レゼーマといいます。ありがとう。それじゃあ、ジロウさんが帰ってくるまで休ませてもらおうかな」


 スリッパに足を通したアミは、荷物の運搬は自分で行うと断ってから、案内する侑子の後に続いた。

 部屋にたどり着くまでの間に、侑子はアミが地方から王都へ上京したばかりであること、下宿先が決まるまでこの屋敷に住むことなどを知った。


「あなたはもしかして、ユーコちゃん?」


 部屋の前で立ち止まったアミからの質問に、侑子は頷いた。彼はにっこりと微笑む。


「ジロウさんから少し話を聞いていて、会うのを楽しみにしていたんだ。実は俺、ユウキと一緒にステージに立つことが多くなるんだよ。彼の専属ギタリストってところかな。だから君と演奏することもあるだろうね」

「そうなんですか」


 侑子は目を丸くした。そういえばジロウが、ユウキが変身館の専属になるなら演奏メンバーも固定した方がいいだろうと話していた気がする。そのために採用されたのがアミなのだろう。


「よろしくおねがいします。あ、でも私はお手伝いというか、たまにユウキちゃんやジロウさんの気まぐれで歌わせてもらうだけだから……」

「録音した音源を聴いたよ。とても良い歌声だった。ぜひご一緒させてほしいな」


 よろしく、と差し出された手に、侑子は応えた。力強い握手をして、アミは笑顔で頷く。そしてふと、彼の視線が侑子の左手に注がれた。


「綺麗な飾りだね。青い鱗だ」


 侑子はブレスレットの紐端についた、硝子の鱗を手に取った。


「ああ、これ。ユウキちゃんがつけてくれたんです。元々彼の衣装に使っていたもので、私が気に入ったから分けてくれたんですよ」

「へえ。そうなんだ。美しいね。ちょっと見せてもらってもいいかな?」

「どうぞ」


 アミの指が、鱗がついたブレスレットの紐先に触れた。ほんの数秒間だろうか。彼のラベンダー色の瞳が、真剣な眼差しでそこに注がれる。侑子は何ともなしに眺めていた。


「――ありがとう。繊細だね。硝子でできているように見えるのに、触っても全く脆さを感じない。不思議な鱗だ。ユウキの歌声に通じるものがあるな」

「そうなんです」


 鱗について、こんな風に言及してくる人物と出会ったのは初めてだった。嬉しくなった侑子は、一段高くなった声で応えた。一気に親近感を感じて、もう少しユウキの歌声や音楽について話をしたくなったが、視界に入った大きなスーツケースが自制心を呼び戻した。


「私、玄関横の部屋にいるので、何か用事があれば呼んでください」


 聞けば央里までの移動は汽車だったという。長時間移動だったと言っていたので、きっと疲れているだろう。屋敷内の見取り図と自分の連絡先をアミの透証に送信すると、侑子はサンルームへと引き返していった。


「ありがとう、ユーコちゃん」


 背中から、アミの声が追いかけてくる。

 侑子の知るところではなかったが、廊下の角を曲がった彼女の姿が見えなくなってからも、アミは侑子の消えた方を見据えたまま、部屋には入らず佇んでいた。

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