安心
カレーはとても美味しかった。味は日本の家庭で食べるものと変わらなかったし、中に入っている具材も、人参玉ねぎじゃがいもに豚肉といった、ごく一般的なものだった。
そのことを意外だったと伝えると、侑子以外の三人は興味深そうに頷くのだった。
「話だけ聞いてると、こっちとあっちじゃ、そんなに変わらないような気になるな」
「同じことと違うことの落差が激しいんです。私は魔法なんて見たことなかったです……そこが一番の違いだと思います」
ジロウは「ふーん」と腕組みをしながら侑子を眺めていたが、何か確証を得た顔になって、同意を求めるようにユウキとノマに目線を送った。
「……でもな、ユーコちゃん。君も魔力を持っているようだぞ」
怪訝な顔になる侑子を見て、困ったようにジロウはバンダナを外した。ボサボサの太い銀髪が顔を出す。
「自覚はないようだね。でも分かるんだよ。この世界では皆、多かれ少なかれ魔法を使う。当然、魔法を編み出す力の根源――魔力を皆持ってる。お母さんのお腹に宿ったその瞬間からね。そして魔力は他人からも見えるものなんだよ。見える、というか感じるって方が正しいのかも知れないがね」
「見える……?」
「そう。呼吸するときに、吐息が体の外に出ていくだろう。あんな感じで魔力の香りのようなものが、少しだけ体外に漏れ出る。それで分かるのさ。そして魔力の感じや察知できる量によって、その人がどういう属性の魔力を多く持っているのか、魔力を使いすぎて消耗しているとか、簡単な健康チェックまでできてしまう」
ジロウの説明を、ユウキが引き継いだ。
「実はユーコちゃんに会った時から、俺も分かってたよ。君に普通に魔力があるってこと。だから魔法を見て怯えていたことに、とても驚いたんだ。あの水を呼ぶ魔法は、かなり一般的なものだからね。けど段々分かってきたんだ。理由は分からないけど、この子は魔法を使ったことがないのかも知れないって。だから魔法も見たことないんじゃないかって。この世界じゃありえないことだから、半信半疑だったけど……。あの時のユーコちゃん、かなりフラフラで体力は限界って様子だったけど、魔力は全く消耗してなかったから」
緑色の瞳が細められた。膝を手当てしてくれた時も、こんな風に優しい表情で接してくれていたことを侑子は思い出した。
「トコヨノクニのことは分かりませんが、ユウコ様が私達と同じ人間……同じ種族なのは、確かなようです。あちらの世界に魔法が存在しないということは、あちらの世界の人々に魔力があったとしても、誰も認識していないだけなのではないでしょうか」
ノマの推測にユウキとジロウも頷く。
「そういうことだろうな。ということは、ユーコちゃん。こっちの世界では君にも魔法が使えるということだ」
「私が……?」
信じられない思いで、両の手のひらを見つめた。
ユウキがやったように、この手の中にこぼれ落ちない不思議な水を出現させることが、自分にもできるということか。心地よい温度に調整された室内では、水どころか汗すら出てくる気配はないのだが。
魔法が使えたら良いのに、と今まで夢想したことは何度もあった。しかしそれは誰もが一度は想像したことがある程度の、子供らしい空想に過ぎない。
「使えるはずなんだよ。魔力があるんだから。でもユーコちゃんくらいの歳で、まだ一度も魔法を使ったことがない人って、どうやって使い始めるんだろうね? 皆物心つくころには魔力を表面化させて、魔法を使っているものだからな……」
ユウキも侑子の手のひらを見つめながら、首を捻っている。
「修練すれば使えるようにはなると思うぞ。大丈夫さ。ひとまずユーコちゃんは、この世界のことを少しずつ知っていけばいいじゃないか。食事と寝る場所の心配はしなくていい。ここをとりあえずの家と思って暮らせば良い」
ジロウが大きく歯を見せて笑う。
「ありがとうございます」
侑子の心は落ち着いていた。この世界に来たばかりの怯えきった自分は、すっかり姿を消したようだ。常識の通じない、知らない世界にいるという意識は消えないが、自分の居場所を与えられて、安心を得ることができた。
その事実だけで今は充分だった。




