行灯の炎
ほっとして室内へ入ると、い草の香りが鼻をくすぐった。
ノマがゆっくりと右手を胸元まで上げて、軽く握っていた指を花開くようにして広げると、室内が明るくなった。天井から釣り下がる照明に、灯りが灯されたのだ。
室内は数寄屋造りの和室だった。青々とした畳が敷き詰められており、片隅にはベッドが置かれ、奥には旅館のような広縁がある。その場所に小さなテーブルと、向かい合う二脚の椅子が据えられていた。まるで旅館の一室だ。
ベッドの側には丸いフォルムの行灯があり、いつの間にか火が灯っている。ゆらゆらと揺れるその光は確かに炎で、行灯を形作る和紙に描かれた花々の影絵を、壁の上に幻想的に写し出していた。
――この明かりも魔法なのかな
行灯の上部は開いているので、そこから炎を覗き込んでみた。揺らめく明かりの正体は、やはり小さな炎だったが、侑子の期待を裏切らずに不可解な現象がそこに起こっていた――――侑子の知る炎は、必ず炎の根本に蝋燭やトーチなどの物体があるものだった。しかし今目撃しているのは、行灯の中央でふわふわと浮遊している炎なのだった。行灯に手をかざしてみると、仄かに熱を感じるので、間違いなく炎だ。
――まるで火の玉みたい……火の玉なんて見たことないけど
そしてその小さな火の玉から僅かに下部、行灯の底の部分に、赤く丸い球体が輝いているのが目に入った。それは自転車に嵌まっていた黄色の魔石の、色だけを取り替えたような見た目をしている。
「ユウコ様、食事の前にご入浴されますか?」
侑子が行灯に釘付けになっている間、ノマはそんな彼女の様子を少々気にしつつ、室内を整えてくれていたようだった。
「あっ。ありがとうございます。いいんでしょうか、お風呂いただいても……」
先程一緒に夕飯をと言われたことを思い出した。侑子はおずおずと訊ねる。待たせることになっては悪いのではなかろうか。そんな侑子を察したのか、ノマは穏やかに笑った。
「ご心配されなくても大丈夫ですよ。ユウキさんも、そのおつもりでしょう。疲れてらっしゃるとお聞きしました。どうぞ一息ついてくださいな」
ノマは目の前の少女を眺めた。自分に娘がいたら、これくらいの年の頃だろうか。ユウキよりも幾分年は下だろう。珍しい素のままのような黒髪の少女は、焦げ茶色の瞳だ。この色の瞳もあまり見ないとノマは思った。
ノマは押し入れの中から丸底の浅い籠を一つ取り出すと、その上に手を翳した――トスンと布の固まりが落ちる音がした。空中から現れたのは、綺麗に畳まれた衣類だった。
「私の目算なので、ぴったりサイズとはいかないかも知れません。こちらお着替えにお使いくださいね」
「ありがとう……ございます」
一連のノマの魔法を凝視していた侑子の礼を述べる声は、僅かに裏返っていた。
「タオルは脱衣所にございます。それでは、ご案内いたしますね」




