ウタと言霊
二人のいた噴水広場からユウキの家までは、自転車をゆっくり漕いで二十分程だという。
侑子は揺られながら、一つ気になっていたことを訊いた。
「ユウキちゃんがさっき歌っていたのは、マザーグース?」
返答はなかなか返ってこなかった。ユウキは「マザーグース?」と聞き返しただけだったので、侑子は先ほどの電池と同じパターンなのかと予想をつける。でもあの詩は、確実にマザーグースのひとつのはずだ。
「『ねんねんころり……』や、『男の子は何でできてるの?』の詩のこと。私がいた世界ではあの詩のことを、マザーグースって呼ぶの。イギリスの伝承童謡のことだよ」
「えっ。じゃあユーコちゃんは、あの歌を知ってたの? それは驚いたな……だけど、イギリスってのは? どこかの土地の名前?」
今度は侑子が驚く番だった。
なんてことだ。この世界には、イギリスという国が存在しないのだ……ということは、まさか。
「……ユウキちゃん、ちなみに私達が今いる、この国の名前は?」
驚きすぎないように、ユウキにしがみつく指に力を入れた。
「ヒノクニだよ。あ、もしかしてユーコちゃんの世界では国の名前も違うのかな」
やっぱり。侑子は愕然とした。
「私のいた国は、日本というの。日本国。さっき言ったイギリスも国の名前」
「そうなんだ。色々と驚くこと多いな。けどとても興味深い。ユーコちゃんの世界の話、もっと聞きたいよ」
ユウキの表情は見えなかった。けれどきっと、あまり驚いた顔はしていないに違いない。軽い声音だった。
「ユウキちゃんが最後に唄った歌……あれは私の世界では、和歌という古いものなんだよ。マザーグースはイギリスのものだけど、和歌は日本の歌」
再びユウキの歌った詩についての話題に戻る。侑子の説明にユウキはへえと相槌を打った。
「あの歌は、この国に古くから伝わる歌の一つだよ。そこは共通してるんだね。ワカと言うのか……俺たちはただ、『歌』と呼ぶな。この国に古くから存在する歌には精霊が宿っていると言われていて、声に出して唱えるとその精霊が喜ぶと伝えられているんだ。歌の意味と唱えるときの状況が合致している時には、尚更効果倍増。歌を歌った人、贈られた人、その場に居合わせた人々皆に幸運が訪れるって言われてる。魔法と違って目に見ないから、おまじないみたいなものだけど。だからいつも人前で曲芸をするときは、最後の締めに歌を謳うようにしてるんだ。観に来てくれたお客さんと、あわよくば自分にも良いことが起こりますようにって願いを込めてね」
「言葉に宿る精霊……そこも似てる。日本には言霊っていうのがあるよ。言葉一つ一つには霊が宿っていて、口に出した言葉通りに物事が結果として表れるっていう言い伝え。お腹が痛くなったときに痛くない痛くないって声に出すと本当に痛くなくなったり。テストで良い点を取りたいって思ったら、勉強するときに良い点を取るって唱え続ければ実現したりとかね」
侑子は説明しながら思い出していた。そういえば今朝雑草が消えた現象を見たときも、恐怖心を誤魔化すためにあれは錯覚だと言葉で唱えて、言霊にすがったのだ。
そういえばあの雑草は、なぜ消えたのだろう。あの現象は本当は錯覚などではなくて、現実に起こっていたのではないのか。侑子がこの並行世界へ迷い混む、前触れのようなものだったのではなかろうか――だとしたら、あの消えたエネコログサも、今頃この世界のどこかにあるのだろうか。




