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魔石と電池

「ユーコちゃん、よかったらうちに来ない?」


 青い衣装から元の姿に戻ったユウキが、ブローチを外して衣を返そうとする侑子を押しとどめながら提案した。


「それはそのまま着てていいよ。ユーコちゃん、今どこにも行くところないでしょ。うちに来なよ」


 侑子にとってその提案は、大変嬉しいものだった。ユウキとの話が終わったらどうしようかと、実は気を揉んでいたのだ。どんどん夜は更けていく。どこで夜を明かして、そしてその後どうするのか。侑子には全く見通しが立たなかった。


「いいの? すごく助かる……」


 心底ほっとした表情を浮かべる少女に、ユウキはくつくつと笑った。年齢の割には大人びていると思っていたが、ふとしたところに年齢相応のあどけなさが表れる。


「当たり前。このままハイさよならって放り出すような冷血漢じゃないよ。それに安心して。俺だって今から帰る家では一応居候だし、その家には家政婦さんもいるから、女の子でも安心して過ごせると思うよ」

「へえ。家政婦さんがいるようなおうちなんだ。お金持ちなんだね」

「俺じゃなくて、同居人がね」


 ユウキの荷物は大きなボストンバッグとマリオネットを立たせるために使った、組立式の台だった。

 魔法で消したりしないんだね、と侑子が呟くと、「流石に何でもかんでも魔法に頼らないよ。魔力だって限りがあるし」と返される。


「そんなに大変な荷物でもないしね。はい、ユーコちゃんは後ろに乗って。跨がれる?」


 ユウキが示したのは、自転車の荷台部分だった。侑子の世界にもあったママチャリとほぼ同じ形だったが、ドロップハンドルの中心部分に、テニスボール大のぼんやりと光る黄色の球体が一つ嵌め込んであった。ライトだろうか。


「これ自転車? 漕いで動かすんだよね?」


 自分の知っている当たり前を、当たり前とは思うべからず。そのことを受け入れきった侑子は、そろそろと荷台に跨がりながら訊ねた。


「ふっ……もちろん。俺が漕ぐよ」


 悪びれなく笑うユウキだったが、侑子は腹を立てず、むしろつられて笑った。ユウキに会えて、本当に良かったと思う。あんなに絶望で萎みきっていた心が、すっかり元の形へと膨らんでいる。


「あ、でもユーコちゃんは知らないかも。これは魔石にちょっとだけ負荷を減らしてもらいながら動かせる、電動アシスト自転車なんだよ」

「電動アシスト自転車……? 魔石……?」


 聞き慣れた単語と知らない単語の組み合わせに、再び首をかしげてしまった。


「ほらこれ、この真ん中にある丸いのが魔石。黄色っぽいでしょ。黄色は電力を蓄積してるってこと。これを自転車にセットすることで、電力でペダルを漕ぐときに必要な動力を、少しだけ生み出すんだ。それによって、スイスイ軽く漕ぐことができる」


 侑子はそっと黄色の球体に触れてみた。それはやはり自らぼんやりと弱い輝きを灯していて、侑子の指を柔らかく照らした。触れた感触はつるつるしていて、ガラス玉のようだった。


「……電池みたいなものなのかな」

「でんち?」

「え。まさか電池を知らないの?」

「うーん。聞いたことないけど……」


 また一つ衝撃を受けてしまった。侑子は電池をどう説明したらいいのか考え込んだ末に、元いた世界における黄色い魔石と同じようなものだという、不充分すぎる解説を絞り出した。


「ユーコちゃんの世界にも魔石みたいなものがあるんだね」

「多分全然違うよ……。大体名前から予想はできるけど、魔石って何でできてるの?」

「そりゃあ魔力からだけど」

「ほらね!」


 侑子は笑った。そして笑えた事実に嬉しさを感じた。この世界の不可解に出会う度、少し前まで恐怖に苛まれていたのに、今はこうして笑い飛ばすことができる。嬉しかった。


「それじゃあ、帰ろうか。ちゃんとつかまっててね」


 侑子の笑顔が増えてきたことに、ユウキも気がついていた。軽やかに声をかけ、腰に回された腕のあたたかさを感じながら、ゆっくりとペダルを漕ぎ出した。

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