トコヨノクニ――迷信
この所、侑子の姿を図書館で目にすることが多かった。
蓮は自習室の常連だ。大抵暇な時間ができると、自宅から程近い市民図書館に足が向く。駅から離れているからか、そんなに混まないので、席が満席になっていることもほとんどない。
侑子もたまに図書館を利用することはあることは知っていたが、最近は頻繁に目撃する。大体彼女が真剣に読んでいるのは、和歌や詩歌集が並ぶ棚の本だった。
「今日も来てたんだね」
閉館時間が近くなった頃、帰り支度を整えた蓮は侑子の隣に座った。
「蓮くん。そっちは勉強?」
「そんなとこ」
最近よくこの場所で顔を合わせるので、侑子も蓮が来ていることは想定内だったのだろう。突然声をかけられても、驚くことはなかった。
「もう閉まるね」
閉館時間ギリギリまで留まり、二人一緒に帰路に着くのがお決まりだった。
「今日も部活終わってから直行?」
「そうなの。お腹ペコペコだよ。お母さん、今日パート先の人と飲み会って言ってたな。何かすぐに食べられるもの買って帰ろうかな」
「うちに来ればいいじゃん」
「いいかな?」
「良いに決まってる」
そんな訳で行き先は叔父の家と決まり、侑子は蓮と並んで歩き始めた。
侑子が背負っているギターケースを目にして、蓮は思い出したように言った。
「最近よく図書館に来てるけど、裕貴拗ねてるんじゃない? 部活終わりによく二人で練習してたじゃん」
「拗ねるなんてないでしょ。それに毎日じゃないから。昨日も野本くんちお邪魔したばかりだよ」
笑った侑子に、蓮は「多分拗ねてると思うなぁ」と笑い返した。
「ゆうちゃん、古典好きなんだね」
今日も侑子はいつもと同じ書架を眺めていた。
「歌の本を読んでるんだ。歌を見てるとね、昔の人も現代人も思考パターンは同じなんだなって分かるのが興味深くて。今の自分と同じ気持ちの人が、何百年も昔にいたのかもしれない。同じ悩みを抱えてる人がいたのかもしれないって、思いを馳せるのが好きなの」
「へえ」
侑子から今日貸し出した本を見せてもらう。蓮が適当に開いたそのページには、スピンがかけられていた。
「『もう迷ったりしない。私の心はすっかりあなたのものだから』……恋の決意の歌。ほんとだ。現代の歌詞にもありそうな意味だね」
蓮はあまり文系科目が得意ではなかった。真っ先に現代語訳の部分に目を走らせて、それから原文をつかえながら読み上げている。
「その歌ね、今の私のお気に入りなんだ」
「へえ。そういえばヒノクニでは、こういう歌に精霊が宿ってるって迷信があるんだっけ」
侑子の話した不思議な体験談も、蓮は今ではちゃんと信じていた。
「迷信かどうかは分からないけど。でも本当だったら素敵だよね」
本を侑子に返した蓮は、従姉妹の横顔を眺めていた。侑子は開いたままのページに静かに目を落としていた。その横顔がなんだか知らない人のように思えて、蓮は言葉を繰り出そうとして止めた。一年の失踪の後に帰ってきた頃の彼女を、彷彿とさせたのだ。




