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青い半魚人  作者: 松下真奈
第二章
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《過去の話》ヒノクニ――来訪者たち

 トコヨノクニからやってきた人間。彼らのことを、ヒノクニにおいては『来訪者』と呼ぶことがあった。

 元々ヒノクニが存在している世界に住む者と、トコヨノクニ出身の者たちを区別するための呼称の一つである。

 研究施設には、全国各地から招集された来訪者達が数多く勤務していた。

 シグラはこの施設で初めて来訪者を見たのだが、その感想は「私たちと違いのない人間」であった。拍子抜けしたほど、平凡な人間たちだった。

 確かに彼らの魔力は無色で、その点だけは珍しいと言えた。しかし容姿にどこか特徴があるわけでもなく(髪色はなぜか黒髪ばかりだったが)、金の(ブローチ)をつけて魔力を隠してしまうと他の国民との違いは見当たらなくなってしまう。

 そして特にシグラの期待を裏切ったのは、来訪者たちが天膜を見ることができなかったということだった。


「カルミオの父君によると、天膜とは無属性の魔力によって構成されるものらしいですよ」


 ブンノウは冊子を片手に持っていた。それはカルミオの父が残した日記だった。


「来訪者たちが作ったものなの? でも彼らは、誰一人として膜は見えないようだったわ」

「彼らが意図して作るものではないのでしょう」


 ブンノウの口調は穏やかだった。

 研究所では日々来訪者達が無属性の魔石を量産している。一つ作るだけで大量の魔力が消費される作業だったが、彼らの魔力が尽きることはなかった。研究施設が稼働する前に、ブンノウが開発した薬剤――栄養剤(シェハイ)と名付けられた――それが彼らの魔力を回復させているのだ。そんな素晴らしい薬剤をあっさり開発してしまうなんて――――シグラにとってその出来事は驚異的であり、それは彼女がブンノウに寄せる熱狂的とも言える感情の炎を、更に燃え上がらせる()()()となった。


「だけどどうするの? あなたが最終的に作ろうとしているものには、天膜が必要なのでしょう? 作ってもらえないのなら、どうやって組み込むの?」


 天膜はこの国の様々なものを一つ一つ包み込んでいるが、例外ももちろんあった。人々が個人的に作った物質や路肩の小石、地面に落ちた枝葉など自然物から崩れ落ちた細々したもの、そして武器や凶器の類、つまり人を害する目的で作り出された道具は包まれないことが分かっていた。

 ブンノウが最終的に作ろうとしているもの――それは兵器だったのだ。専門知識のないシグラには詳細は分からなかったが、未だかつてこの地球上で使用されたことのない、計り知れない威力を持つ兵器なのだという。


「新たに作る必要はない。既に出来上がっているものを活用するだけで済みます。膜とは、至るところにあるのでしょう?」

「ええ」

「それを剥がして転用すればいいだけの話です」

「剥がす?」


 シグラは目を丸くした。ブンノウはいつだって、彼女の予想していない言葉を発する。


「天膜に触れることが可能であれば、剥がすことも可能なはずでしょう」


 言いながらブンノウは、小さなティースプーンを手に取った。それは魔道具のようで、無色透明の魔力を帯びているのが分かった。


「あ……」


 シグラは目の当たりにした光景に、そう声を出すのがやっとだった。


――信じられない


 ティースプーンの先端が、ブンノウの腕を覆う膜に触れていた。

 触れられた膜はスプーンの先に押されて、その輪郭を歪ませて鈍い光を放っている。


――天膜が物質に直に触ることなんて、ないはずなのに


 膜が発する鈍い光は黒ずんでいて、そのような色を目にするのも、シグラは初めてだった――――明らかにイレギュラーな事態が膜に起きているのだ。


「……触れていたでしょう? これを実現するために、来訪者たちの魔力が必要なのですよ。天膜の原料は無属性の魔力。同じ原料由来の物質を加工していけば、接触し、摩擦することも可能になるはず……そんな思いつきから開発し始めたのですが、どうやらその推測は当たっていたようだ。しかし現段階ではここまでです。もう少しテコ入れすれば接触面を溶解させたり、剥がすこともできるようになるはずですよ」


 ふっと笑ったその顔に、シグラの心拍数はみるみる上がる。


「素敵だわ。私に出来ることは何?」


 段々口癖のようになってきたそんな言葉だったが、シグラにその認識はなかった。此方に伸ばされた白い手の上に自らの手を乗せ、研究室へと誘われて行った。

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