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青い半魚人  作者: 松下真奈
第二章
127/140

トコヨノクニ――地層

「おはよう、侑子」

「おはよう」

「お兄ちゃん起こしてきて」

「はーい」


 こんな風に母がいる朝に慣れてから、どれくらい経っただろうか。

 相変わらず幹夫が帰ってくることは少なかったが、侑子にとって母と兄との三人家族で暮らす生活は、すっかり当たり前の日常となっていた。


「いってきます」

「いってらっしゃい」


 ありきたりだけれど、温もりを感じる挨拶を交わして一日が始まっていく。


 日々は流れていった。




「ゆうちゃんおはよう」


「おはよう」


「宿題終わってる?」


「今日は何練習しよっか」


「あの曲やって欲しいな」


「なあ、じーちゃんがさ。またゆうちゃん連れてこいって言ってて」


「ねえ今度の日曜、たまには音楽以外で皆で遊びに行こうよ」


「おはよう」


「先週楽しかったね」


「放課後図書館行きたいな」


「そろそろ期末だぁ……」


「多摩川寄ってかない?」


「ゆうちゃん、佐藤先生が呼んでたよ」


「スタジオ予約した?」


「今年の体育祭、三年生ソーラン節やるんだって」


「一緒に帰ろう」


「ただいま」


「おかえりなさい」


「いってきます」


「もうすぐ先輩達卒業だね」


「次の会長誰がやるの?」


「ねえ大ニュース! 来年度から部活に昇格だって! 同好会じゃないよ。軽音部だよ!」


「送別会やろうか」


「ゆうちゃん、誰にも言わないでね…………先輩と、キスしちゃった」


「侑子もいよいよ受験生か。頑張れよ」


「修学旅行楽しみだね」


「お兄ちゃん! 明日式場入り早いんだから、そろそろ寝なよ」


「リングガールやってもらえないかな?」


「あんた振り袖の着付けなんて、どうして出来るの?」


「朔也くん、明日引っ越しか。寂しくなるな」


「ゆうちゃん、放課後なんだけどさ。部活終わったらまた河原行かない?」


「はぁ……また言えなかった。あ、何でもないよ」


「来週三者面談だね。志望校決まってる?」


「夏期講習行くの? ゆうちゃん行くなら私も行こうかなぁ」


「遼くんの志望校、特進コースがあるんだね。蓮くんはそこが第一志望?」


「ここの高校の見学、一緒に行こうよ」


「夏祭り二人で行かない?」


「いってきます」


「明日のスタジオ、何コマ取ってたっけ」


「この問題解けないなぁ」


「もうすぐ引退か。寂しいもんだな」


「背、伸びたね」


「おかえり。クリスマスパーティ、楽しかった?」


「お父さんも一緒に初詣行こうよ」


「明けましておめでとう。これお土産。合格祈願守り。ばーちゃんの地本、学業祈願で有名な神社があるんだ。ゆうちゃんの分もバッチリ祈ってきたから」


「雪、止まないね。明日電車大丈夫かな」


「受験票持った? 大丈夫よ。いってらっしゃい」


「おはよう。頑張ろうな」


「おかえり。今日は賢ちゃんちで皆で食べないかって。侑子たちのお疲れ様ディナーにしようってさ」


「きっと大丈夫」


「卒業おめでとう」




 繰り返される平和な日常。 

 繰り返される親しい人達との会話。

 繰り返され、日々という名の時間がどんどん積み重ねられていく。

 侑子の中で、あの一年間は少しずつ確実に『過去』となり、積み重なっていく時間の地層の下部へ下部へと沈んでいくのだった――――だから侑子はいつも掘り起こす。地層の奥へ潜っていく記憶を、音を、見失わないように掘り起こす作業を繰り返すのだ。

 侑子にとって掘り起こす手段となるのは、歌うこと。そして、ユウキとの文通を続けることだった。


――止めてはだめ


 あの世界での経験を過去として風化させずに、記憶を更新し続けてくれるユウキからの手紙は、命綱のようなものだ。

 完全な過去として忘れてしまうことは、何よりも大きな恐怖だった。しかし、侑子にとっての一番の喜びと安らぎを与えてくれる存在は、紙一重で彼女を絶望の縁に立たせることもできてしまうのである。

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