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青い半魚人  作者: 松下真奈
第二章
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ヒノクニ――振動

「ユウキくん、これ」


 珍しく変身館で紡久の姿を見つけたユウキは、此方から声をかける前に一枚の折りたたんだ紙を手渡された。


「次に侑子ちゃんに手紙を出す時に、一緒に送ってもらえないかな」

「分かった」


 時折こんな風に、誰かから侑子への手紙を預かることがあった。ユウキの手紙に同封する形であれば、ユウキ以外の人物が書いた手紙でも侑子に届けることは可能なのだ。


「側村に行ってみようかと思って」


 まだ今夜の開場まで時間があった。控室に続く通路に人の気配はない。


「大丈夫なの?」

「……うん。そのつもり。侑子ちゃんにも伝えておこうと思って。できれば終わった後に、話を聞いてもらえないかなって書いたんだ」


 本当なら一年前――侑子が消えてしまったあの日に、紡久は侑子と側村を訪れるはずだった。過去の襲撃事件の犠牲となった十名の墓を参って、彼らの死の直前の記憶を垣間見ることになったかもしれない。結局あの日は、侑子が消えてしまったことでそれどころではなくなったわけで、それきり墓参りの計画は有耶無耶のままとなっていた。一人では心許ないと告げていた紡久を、慮ってのことだろう。


「アミを連れてく?」

「いいよ。大丈夫。護符はもらっていくけど。来月なんだ。ユウキくんたちはまた巡業(ツアー)に出かけるんでしょ」

「そっか……本当に平気?」

「大丈夫」


 頷く紡久の顔つきには、弱々しい所が見られない。こちらに来たばかりの頃の、いつもどこか不安げに見えた表情は鳴りを潜めて久しい。紡久がこの世界に来て、一年半が過ぎていた。


「送っておくよ」


 ユウキは手渡された便箋を、まだ封を閉じていない封筒の中にしまった。



◆◆◆



 鏡の向こうのユウキの毛髪は漆黒だった。彼のよく知っている少女の黒髪よりも、もっと深い黒かもしれない。その髪はユウキの首元を隠すほどの長さで、前髪の隙間からかろうじて瞳の緑色が覗いていた。軽く髪に触れると、長さはあっという間に短くなる。首元に風が通りぬけ、褐色の首筋があらわになった。色はみるみるうちに抜けていき、青みがかった灰色へと変化する。その色が、生まれ持った彼の色である。二つ並んだ緑の目が見つめてきた。

 本来の自分の姿に戻ること。これがステージに立つ前に、ユウキが行う一番最初の準備だった。


「ユウキ」


 ドアが空いて控室に入ってきたのは、スズカだった。

 振り返って幼馴染の姿を認めたユウキは、ああそうかと頷いた。今日は彼女がアルバイトに入っている日だった。


「いつもより早いんじゃない?」

「今日はちょっと試したいことがあってね。ユウキにも協力してもらいたいんだ。今日の衣装はそれ? もう着替えない?」


 頷いたユウキのシャツの胸元に、スズカは小さな球体を取り付けた。ピンバッジのような小さな針で衣服に固定されたそれは、小指の先程の大きさだった。


「集音器なの。合図したら、何でも良いから声をだしてもらっていい?」


 指示通りスズカの合図の後に、ユウキは歌の一フレーズを歌った。集音器を見つめていたスズカが「よし」とつぶやく。


「これでユウキの声がインプットされた。その集音器で集めた音を、ここに飛ばすの」


 スズカが持っていた大きな袋から取り出したのは、丸めたラグのようだった。床に敷いたその上に二人並んで立ち、ユウキは彼女の言うがまま再び声を出してみた。


「うわ。何だこれ。揺れてる?」

「ふふ。良い感じ」


 ユウキが何か口から発する度に、床が弾んだ。足元から脳天に突き抜けるような、なかなか強烈な揺れだったが、立つことを困難にするものではない。身体の内部だけに振動が伝わるような、不思議な感覚だった。


「歌ってみて」


 指示通り、今日のステージで一番最初に歌う予定の曲を口ずさんでみた。床がその旋律に合わせ、強弱を付けながらリズムを刻むように揺れていた。


「もしかしてこれ」

「そう。大学で私が作ってるやつ。まだまだ試作段階だけどね」


 再びラグを丸めながら、スズカが得意げに微笑んだ。


「今日のユウキ達の演奏の間、ホールの中の一定区間に置いていいってジロウさんから許可済みなの。あとは他の楽器の音も、ユウキの声と同じ様にインプットするだけ」

「すごいな。ついこの間設計に入ったって聞いたばかりだったのに」

「構想自体は前から出来上がってたの。友達や先生が大分手助けしてくれたしね」


 スズカが大学で研究開発しているのは、『聴覚に頼らずに音楽を楽しむ』ための道具だった。集音器で予め登録した音波を、ペアリングした先の特殊な床材や壁紙から振動として伝えるのだ。


「これが上手くいったら、次は視覚で音を追えるようしたいんだ。面白そうでしょ」

「へえ。音を可視化するの?」

「魔力みたいに、一人一人持っている声は違うでしょ? 同じ楽器でも演奏する人が違えば違う音が鳴る。そういう物を、それこそ魔力を見るみたいに見えるようにできたら……きっととても綺麗だよ」

「面白いこと考えるなぁ」


 幼馴染たちの中では一番口数も少なく、いつも一歩下がった場所から見守っていることの多いのがスズカだった。ユウキはそんな彼女の、意外な一面を見た気がした。


「もしも声や音が見えるようになったら、録音しなくても写真で臨場感を伝えられるよ。紡久くんみたいに上手な人が絵で描いてみても良いだろうし。離れた場所にいる人に、手紙と一緒に送ることができるかも知れない」


 こちらを向いたスズカは、一瞬だけ気遣わしげな表情を浮かべた。


「……そうだな」


 意図するところが分かったのだろう。ユウキは緩い笑みとともに頷いた。

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