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青い半魚人  作者: 松下真奈
第二章
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ヒノクニ――巡業

「転移させる護符っていうのが、あればいいのに」


 ジロウとの通話を終えたユウキは、アミの方に顔を向けながら呟いた。

 

「残念だけどさすがに転移は無理だな。もしもそんなものがあれば、とても便利だろうけどね」


 アミは軽く笑う。隣に座るユウキの向こう側の車窓から、流れていく夜景が見えた。後方からは二人分の寝息が聞こえてくる。ミユキとショウジのものだった。


「今の通話はジロウさん?」


 助手席からこちらを振り返ってきたのは、キーボーディストのレイだ。


「ユーコちゃんから手紙が届いてたって知らせだろ」


 この言葉は運転席から。ハンドルを握っている翡翠色の頭は前方を向いたままだが、その声はどこか面白がっているような調子を含んでいた。


「あと一箇所で終わりだろう? 明後日には央里に戻り始めてるさ」


 そうだな、とハルカに返事をして、ユウキは気持ちを落ち着かせるべく背もたれにもたれ掛かった。

 


◇◇◇



『巡業してみないか』


 ジロウの思いつきから始まったことだった。


『お前のステージ、毎回安定して満員だからな。この街に限らず色んな土地で歌ってみたらいい』


 聞けばジロウの同業仲間たちが全国各地にいるらしい。彼らが経営するライブハウスを回る巡業ライブに行って来いと、半ば強引に背中を押されたのは二ヶ月前のことだった。二、三日に一箇所を廻るペースで、全国各地の会場で歌うのだ。

 変身館とは違う別の場所。全く知らない観客達を前にして歌うこと。歌歌いとして、惹かれないわけはなかった。

 しかし――――


――央里を離れている間、ユーコちゃんとの手紙は


 普通の文通ではないのだ。リリーの家からでないと、やり取りはできない。これまで一日と欠かすことなく、時には日に複数回やり取りをすることだって少なくなかった。月単位での長期間、その交流なしで耐えられるのだろうか。そんな情けない思いがよぎったが、そんなユウキの心情まで見越した上でのジロウの提案だったのだろう。ユウキが頷かずにいられなくなるダメ押しの言葉を、養父はちゃんと知っていた。


『歌い続けろ。前進しろよ。ユーコちゃんは歌ってるお前が大好きだろう。新しいステージの上から、どんな景色が見えるのか。お前の言葉で教えてあげたら、どんなに喜ぶだろうな?』


 このままではいけないということは、よく分かっていた。 

 侑子は消えたのだ。元の世界へと帰っていった。またこちら(ヒノクニ)にやって来る可能性は分からないが、多分期待はできない。

 一応ちゃんと仕事はしていた。しかし気持ちの半分以上は、音楽から離れた屋根裏の魔石ソケットの横に留まったまま。そんな日々が続いていたのだ。

 

――本当の自分の声だけで、歌っていく


 侑子のおかげで叶えたその夢を、無に帰することだけはできない。

 

――歌って。歌って。歌い続けて。音楽を作り続ける。聴いた人皆に楽しいって言わせる


 ステージの上、侑子と並んで立ったその場所から見た風景が、鮮やかに思い起こされた。


『やってみるか?』


 緑の瞳の中に、灯った光を見つけたのだろう。ジロウはもう一度問いかけた。そしてすっかり見慣れた黒い頭が頷くのを確かめて、ニっと笑った。


『どうせなら楽しい方がいいな。運転手はハルカに依頼してみるか』



◆◆◆



 そんなわけで始まった巡業も、明日の公演で最後である。二ヶ月間ではあったが、こんなにも長期間王都から離れたことのなかったユウキにとって、刺激的な日々だった。寝食を共にしてきたメンバー達との仲は確実に深まった。そして、ライブハウスで歌うこと。やっていることは変身館と同じなのに、毎回違う自分を発見するのだ。


――見える風景が違うから? 知らない場所で寝泊まりするから? ユーコちゃんの姿と重なる風景が、一つもないからだろうか


 侑子がいた一年間、彼女は王都から出たことはなかった。巡業先の土地にユウキも訪れたことはなく、当然だがその場所には侑子との思い出はない。

 虚しさの広がる気持ちの空白に、新しい音が広がっていく。ユウキの頭の中で、新しい音楽が次々と編み出されていった。

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