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青い半魚人  作者: 松下真奈
第二章
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ヒノクニ――管理人

「引っ越そうと思ってるの」


 数ヶ月前に同じ調子で、『部屋を移動するわ』と聞いた気がする。

 すっかり手紙を待つための待機部屋と化した元主寝室で、リリーからそう告げられたユウキは顔を上げた。


「引っ越し? リリーが?」

「そう。エイマンと二人で、もっと小さな家に移ろうかって話をしてるの。変身館からも近い地区にね」

「そっか。まあそのほうが便利だしな。じゃあさ、リリー。この家の……」


『手入れを引き受ける代わりに、引き続き出入りをさせて欲しい』とユウキは申し出ようとした。もちろん侑子との文通のためである。しかしそんな彼の言葉を、予め予想していたのだろう。リリーは微笑みながら人差し指を立て、ユウキの言葉を制止すると、押入れの方を向いて言った。


「ここに住んでくれないかしら。この家を空家にしたくないの」


 改めてユウキに向き直ったリリーの顔はいつになく真剣で、慎重に言葉を選んでいるようだった。虹色の視線は僅かに泳ぐ。


「掃除とか、畑や庭の手入れはしなくていい。私がちゃんと見に来るようにする。ユウキは必要な部屋を勝手に使ってくれて構わない。ただ……」


――壊れることがないように……災害で最悪壁が倒れても、床が抜けても、どこか戸の一枚だけはきちんと立っているように保持しておいて欲しいんだ。頼む


 兄の言葉が脳裏に蘇った。全く同じ言葉を繰り出そうとしたが、やめておいた。自分の言葉で言い直す。


「私が以前使っていた部屋のドア。それから魔石ソケットが置いてある屋根裏。できれば他の場所も……壊れることがないように、守って欲しいの」


 リリーの言葉に、ユウキの瞳が揺れる。

 

「あはは。これじゃ手入れしてって言ってるのと変わらないか。違うのよ。古い家でしょ? だから住んでいてくれる人がいるだけで、空き家にしとくよりずっと良いだろうってことで。ほら、家って住む人がいないと傷んじゃうって言うじゃない?」


 笑いながら重ねられるリリーの説明を聞きながら、ユウキは一度だけ頷いた。真剣な表情が垣間見えた。


「分かってるよ。絶対に壊したらダメってこと。ユーコちゃんと手紙をやり取りすることができなくなるかもしれない……戻ってくる可能性も消えるかもしれない」

「戻って来る可能性、か」

「あるかもしれないだろ」


 黒く長い前髪に緑の瞳が隠されると、まるで知らない人のようだった。リリーは彼がこの数ヶ月の間に、随分と負の感情を溜め込んでいるのをよく知っている。


「この家の管理人、俺の他に適任者がいる? 安心していいよ。しっかり守るから」



◆◆◆



 雪が積もったままの畑には、誰も足を踏み入れていなかった。

 長靴を履いてきて正解だったわ、とリリーは一歩踏み入ってから思った。踝まで軽く埋まってしまう。

 ザク、ザク、と小気味良い音が聞こえる。

 畑の中程まで進んでから、ゆっくり振り返った。

 生まれ育った我が家が見えた。


――無責任かしら


 結婚を言い訳にしてこの家を出ようと決めたことに、後ろめたさを感じた。

 一緒に住む場所にとエイマンが一番最初に提案したのは、この家だ。しかしそんな彼の申し出に首を横に振って、別の場所で新居を探したいとリリーは答えたのだ。


「待てなくて、ごめんなさい」


 誰に対して謝ったのだろう。不意に口をついて出た謝罪の言葉に、僅かに理不尽さを感じつつ、一方でやはり後ろめたさが胸に刺さった。


「やっぱり待ち続けるのは無理みたい」


 足元で踏みしめられた雪が、ギュッと鳴った。


「早く帰ってきてよ」

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