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5.消えない傷 (side 片桐蓮人)


『ごめんなさい、今日早退してもいいですか? 片桐会長(・・・・)

 その一言が、静かに生徒会室に落ちたとき、俺は、頷くことすらできなかった。

 綾菜は、振り返らなかった。

 扉の向こうに消えるまで、俺は何ひとつ、言葉を出せなかった。


 ……ああ、まただ。


 また俺は、誰かを傷つけた。



 ——俺は何人もの女の子と、お付き合いをしてきた。

 最長で2年。最短で1週間。

 好きになった女の子は、とにかく大事にしたくて。喜んでほしくて、俺と一緒にいて、〝幸せ〟だと思ってほしくて。だから俺は毎日、彼女に『好き』と伝えてきた。

 朝も昼も夜も、どこにいても、何をしていても、その子のことばかり考えていた。

 〝愛するって、こういうこと〟だと、本気で思っていた。

 けどある日、最近別れた元カノに言われたんだ。

『ほんとうに、重すぎるの。男のくせに何それ。正直、キモいよ』

 笑いながら、だけど、偽りひとつない、きちんとした本音で。その言葉は、あまりにも鋭利で尖っていた。

 俺はなにも言えなかった。いや、言わせてもらえなかった。

 言葉を発する前に、その子は走り去って行ったからだ。

 それから、その子は他の男とすぐに付き合い始めたと、風の噂で知った。最後に会った後、俺がその子に送った54件のメッセージには、二度と既読がつくことはなかった。


 だいたい〝重い〟って、なんだよ。

 〝本気で人を好きになること〟が、なんで重いってことになるんだよ。

 傷ついた心を守るための防衛本能のような——吐き出す思いに棘をまとわせて、ひとり孤独に吐き出しまくった。

 学校での俺は『キラキラ輝く、みんな憧れの人』だ。そのイメージだけは決して壊さないように、学校ではいつも通りを装い、家では人が変わったかのように、とにかく言葉を吐き出した。


 好きなのに。

 大好きなのに。

 ほんとうは24時間、ずっと一緒にいたい。

 ねぇ、今どこで何をしているの?

 今この瞬間、君は俺のことを考えてくれている?

 ねぇ、ねぇ、ねぇ

 どうしたの、連絡が返ってこないよ。

 返事をちょうだい。

 不安だよ。

 ほかの人と会っているの?

 ねぇ、今から会えない?

 実はね、君の家の最寄り駅にいるんだよ。

 だから、会おうと思えば、今すぐ会えるんだ——。


 けれど、あの子に『重い』と言われて、気がついたことがある。

 というか、『冷静になった』が正解だろうか。

 今考えたら、あのころの自分は、気持ち悪いにもほどがあった。

 俗にいう、メンヘラというやつだろう。それを知ったのは、テレビの番組だった。

 冷静になればなるほど、自分を殺したくなった。

 過去に付き合った彼女全員に、同じ対応をしていたからだ。

 なんだか最近は、最後に本音を言ってくれた彼女に対して、感謝の念すら抱く。

 言ってくれたから気づくことができた。

 それは俺にとって、大きな成長であることに間違いはなかった。


 ……それから、俺は変わったんだ。

 本気で人を好きになるのが怖くなった。好きになって、相手にまた『重い』と思われたくなかった。

 だから、誰の心にも、深くは踏み込まないようにしたんだ。

 誰からも好かれすぎないように、均等に優しくした。

 誰にも、期待されないように。

 誰からも、失望されないように。

 俺が心を殺し、もう誰も傷つけないようにするために——。



 それ以来も、数々の告白を受けてきたが、すべてお断りをしてきた。

 可愛いとか美人とか、それ以前に、俺と関わりのない人とは、もう二度と恋愛なんてしたくないと、本気で思っていたから。

 ほんとうの俺を知らないのに、安易に告白をしてくる。

 こんな奴ら、俺が被っている〝醜い〟仮面に惹かれているだけなのだから。

 けれど、綾菜だけは違った。

 元々生徒会で関わりのあった綾菜だ。容姿も性格も、誰にも負けないくらい大変可愛い子だった。

 生徒会でも俺のことを慕ってくれ、明るくて愛想もよくて、勉強も運動もできる。

 そんな綾菜に告白されたとき、いつもとは違う感情を抱いた。

『いつも真面目に生徒会と向き合っている先輩が、かっこよくて好きです』

 綾菜から出てきたそのひとことが、俺の中身を見てくれていると、なぜかそう思った。

 素直に、嬉しかった。

『……いいよ、付き合おうか』

 二度と恋愛なんてしないと決めていたのに、それでも綾菜と付き合い始めたのは、もうどうでもいいと思えたからだった。

 ふいに抱いた、いつもとは違う感情。それが原因で『付き合おう』なんてバカなことを言って、綾菜を喜ばせた。

 けれど、好かれたいとも、愛されたいとも、正直もう思ってなかった。彼女を愛するとか、大切にするとか、そんなこともまったく思っていなかった。

 あと、綾菜を隣に置いておけば、〝いらない虫〟も近寄ってこないだろうと、本気で思っていた。生徒会の顔としても文句もない。男女問わず人気もあって、教師からの信頼も厚いのだから。

 人として最低だが、〝隣に置いておく〟ただそれだけで、ほんとうに十分だと思っていた。

 ——だから、実際に付き合い始めて、綾菜が友達にすら〝片桐先輩と付き合っている〟と言いふらさなかったのは、すこし想定外ではあったが。


 俺はとにかく、綾菜のことはまったく好きではなかった。

 ただ、俺の世界にいてくれるだけの、静かでお飾り的な存在。

 それ以上も、それ以下もない。


 でも、綾菜の方は違った。

 とうぜんだが、俺のことが好きで告白をしてきてくれた。だからこそ、あの子は俺のことをきちんと見て、しっかりと向き合おうとしていたのだ。

 声をかけてくれて、気にかけてくれて、どんなときも、俺に〝期待〟をしてくれていた。


 ——だからこそ、怖かった。


 〝彼女〟から向けられるその〝期待〟に、応えられなかったとき、俺はまた——〝重い〟〝キモい〟〝面倒〟って、思われるのではないかって思った。

 俺が思う〝愛〟や〝好き〟は、彼女の立場からすると、重くてキモくて面倒なもの。

 ——受け入れてもらえない、俺の愛。

 もし次に、そのような冷たい言葉をかけられたとき、俺はもう、二度と立ち直れない気がした。

 綾菜に〝重い〟〝キモい〟〝面倒〟って言われたら、死んでしまう自信しかなかった。

 綾菜はほんとうに完璧でいい子だった。

 俺とはまったく違う、性格もよい、ほんとうに、俺にはもったいないくらいいい子だった。


 だから俺は、綾菜と距離を置こうとした。

 メッセージを返さなかった。

 デートも適当にすごした。

 目を見ないようにした。

 ……冷たく、接した。

 俺が本気になってしまう前に、綾菜に嫌われる前に——距離をとっておこうと思った。


 こんなの、ひどい考えだって、自分でも思う。

 こんなことして綾菜を遠ざけるなら、初めから告白を受け入れなければよかったのだ。

 誰に責められてもいい。

 激昂した綾菜に殺されてもいい。

 でも、それが〝自分を守るやり方〟だった。

 俺には、こうするしか方法がなかった。

 ——ほんとうは、ずっと怖かっただけなのに。


 だけどさっき、綾菜は泣きながら、俺に聞いてきた。

『先輩って……私のこと、ほんとうに好きなんですか?』

 消えそうなほどに小さな声。その言葉に、俺は息が詰まった。

 俺は綾菜の言葉に対して〝好き〟だと、咄嗟に答えようとしていた。

 でも〝好き〟だと言ったら、また同じ過ちを繰り返す気がした。〝好きではない〟と言ったら、今度こそ何もかもが崩れるような気がした。

 だから、〝何も言わない〟を選択した。だけどそのせいで——俺は綾菜を泣かせた。

 それに対して、〝ごめん〟なんて言葉も、簡単に言うことはできなかった。


 付き合っているのだから、素直に〝好き〟だと言えた方が、よかったかもしれない。

 いや、でも現に綾菜を傷つけているんだ。

 ならば、〝好きではない〟って、はっきり言えた方が、まだ優しかったのかもしれない。

 自問自答を繰り返し、大きなため息を生徒会室に零す。

 結局俺はまた、中途半端な〝優しさ〟を選び、自分の心を守ることに専念していた。 


 綾菜の背中が、扉の向こうに消えていくとき、俺の中に残ったのは、ひとつの後悔の念。そして——俺は、綾菜を好きになってしまっていたんだ、という、あまりにも遅すぎる自覚だった。




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