2.恋人デート
雲ひとつない、晴れた土曜日の午後。
待ち合わせより少し早めに着いた駅前で、私は小さな紙袋を手にしていた。
中身は、雑貨屋で見つけたキーホルダーだ。
片桐先輩が以前、「猫って、いいよな」ってぽつりと言っていたのを覚えていて、ちょうど猫をモチーフにしたそれがあったから、つい買ってしまった。
約束の時間ちょうどに現れた先輩は、申し訳なさそうに頭を掻き、小声でつぶやく。
「ごめん、今日ちょっと眠くてさ。カフェだけにしよう」
私服姿の先輩もかっこいい。だけど、どうしてもその表情が気になる。
「うん……わかった! 私も眠い!」
何が『眠い』だよ。
せっかくのデートなのに、彼女に向かって『眠い』とはなにごとか。
ほんとうは先輩と一緒に、ウインドウショッピングでもしたかったんだけど、本音は言い出せなかった。
仕方なく入った駅近の喫茶店で、先輩はアイスコーヒーを飲みながらスマホをいじっている。
一生懸命に私が話しかけても、先輩はどこか上の空で、スマホから目を逸らそうとはしなかった。
私、誰とお話をしているんだろう。
そう思っても、やっぱりその思いを伝えることはできない。
しかも「俺といても楽しくないでしょ」、なんて先輩が言うものだから、私は首を横に振って「ううん、とっても楽しいよ」と笑顔で答えた。
嘘だよ。
楽しさなんて、1ミリもない。
私の返答は、半分嫌味だった。
こういうとき、どうすればいいのか、まだわからない。
付き合ってから、もうすぐ3か月になるのに。
〝彼氏〟と〝彼女〟って、こんなに距離があるものなんだろうか?
先輩はたまに、私のほうを見てふわっと笑ってくれる。
その笑顔に、私は毎回ドキッとして、「大丈夫、きちんと好きでいてくれている」と、自分に言い聞かせていた。
でも、それだけでは足りない。
たぶん、私はもっと——話したかった。知りたかった。
ほんとうは、〝好き〟をもっと交換したかった。
◇
その日の夜、片桐先輩にメッセージを送った。
《今日はありがとう。また来週も楽しみにしてるね》
送信のあと、画面を見つめたまま、ため息が出る。
スタンプひとつでも返ってくれば、それだけで安心できたのに。
数分後、既読がついて、それっきりだった。
布団にくるまって、スマホの画面を伏せる。
眠れなかった。頭のなかで、何度もさっきの会話をなぞってしまう。
会っているときは嬉しい。隣にいてくれるだけで、心があったかくなる。
でも、帰ってきた瞬間から不安が追いかけてくるのだ。
先輩の心はどこにあるのだろう。
ほんとうに私のこと、好きでいてくれているのかな。
考えれば考えるほど、先輩のすべてに疑いの目を向けてしまう。
——ほかに、好きな人がいたりして。
なんて、最低な考えが頭をよぎり、自分で自分の頭を叩く。
なんだろう。
……でもこれって、ほんとうに、付き合っているって言えるのかな?
渡せずに持ち帰った小さな紙袋を思い出し、布団の隙間から机の上を見た。
猫をモチーフにしたキーホルダー。それに罪はないけれど、明日処分しよう。なんだかバカバカしくて、悲しくて、先輩を想って買ったキーホルダーを、もう二度と目にしたくなかった。
——なんだか、悔しいよね。
そう思いながら、私はまた布団にくるまり、そのまま眠りについた。
◇
月曜日の朝。
登校中、校門で偶然会った友達が、ニヤニヤしながら話しかけてきた。
「綾菜〜、昨日駅前でカッコイイ男性といたでしょ? めっちゃお似合いだった! てか、彼氏? 手とか繋いでた!?」
楽しそうな友達に、繋いでないよ、と言いかけて、笑って誤魔化す。
遠目に〝男性といた〟というのが見えただけで、その相手が片桐先輩だということは、気がつかなかったのだろう。
その事実に、またひとつ安心を覚えた。
「まさか。彼氏じゃないよ。友達だよ」
妙に冷たい風が吹き、チェック柄のスカートがひらひら揺れる。
私は教室に入る前に、スマホを取り出して、もう一度だけ画面を見た。
今もまだ、昨日のメッセージに返信はなかった。
私は先輩のことが好きだ。
だから付き合っているままでいられる。そう思っていた。
だけど、好きって、こんなにひとりで頑張るものだったっけ?
私ばかりが必死になっているような気がして、なんだかバカらしかった。