謎の薬草師
翌朝、真司はリリィの家の近くで新鮮な空気を吸いながらストレッチをしていた。
昨夜の魔物騒動で疲れが残っていたせいもあり、リリィの家でいつの間にかそのまま寝てしまったらしい。身体中が痛いが、鼻だけは相変わらず冴えわたっている。
「さて、今日は何をしようか。もっとこの嗅覚スキルを試したいけど、鼻が敏感すぎて困るな。(色んな意味で)」
ふと鼻先をくすぐる、ほんのりとした甘い香りが漂ってきた。それはリリィのものとも違う、どこか上品な香りだった。
「この匂い……どこかで嗅いだことがあるような……。」
真司は匂いの元をたどるように森の中へ歩を進めた。
森の奥、ひときわ美しい花が咲き乱れる開けた場所にたどり着いた。そこに、長い黒髪を風になびかせた一人の女性が立っていた。
彼女は優雅な仕草で花を摘み、香りを楽しむように鼻を近づけていた。その横顔はまるで絵画のように美しく、真司は思わず息をのむ。
「……あなた、誰?」
女性は真司に気づき、ゆっくりと振り向いた。その瞬間、さらに強い甘い香りが彼の鼻を襲った。
(なんだこの匂い……まるで花そのものが香っているみたいだ!いや、それ以上だ……!)
「私はフローラ。この森で薬草を探しているの。」
彼女の声は柔らかく、真司の耳に心地よく響いた。
「俺は真司。この町ではまだ新参者だけど、なんか匂いを嗅ぎつけてここに来たんだ。」
「匂いを嗅ぎつけて?」
フローラは少し驚いた様子で首を傾げる。その仕草すらも真司には魅力的に映った。
「まあ、俺の嗅覚はちょっと特別なんだよ。そういうあんたの香りも、相当特別みたいだけどな。」
真司は軽く微笑みながらフローラに近づいた。彼女は少し恥ずかしそうに視線をそらしたが、嫌な素振りは見せなかった。
「特別な香り、ね。私はただの薬草師よ。」
話をしているうちに、真司はフローラの香りの正体に興味を持った。彼女が薬草を扱うから自然と香るのか、それとも何か特別な秘密があるのか。
「フローラ、悪いけど、もう少し近くで嗅いでもいいか?」
「え?」
突然の申し出にフローラは驚いたが、真司の真剣な表情を見て、ためらいながらも頷いた。
「そ、そんなに変なことしないでね。」
真司は彼女の肩に顔を寄せ、その香りをじっくりと嗅ぎ取った。
(これはただの薬草の香りじゃない。もっと複雑で、まるで何層にも重なった香水のようだ。それに……どこか懐かしい気配がある。)
「……、何か隠してない?」
真司は嗅覚だけで、フローラが何か秘密を抱えていることを察知した。
「え、どうしてそんなことを?」
「俺には匂いでわかるんだよ。あんたの香り、ただの薬草の匂いじゃない。もっと深い意味があるだろ?」
フローラは一瞬困惑した表情を浮かべたが、やがて覚悟を決めたように口を開いた。
「あなたの嗅覚、本当にすごいのね。でも、今はまだ話せないわ。」
彼女の瞳には何か決意のようなものが宿っていた。その様子を見て、真司は無理に追及するのをやめた。
(まあいいさ。いずれ真相はわかるだろう。それより、この匂いが嗅げるなら、そばにいる理由としては十分だ。)
町に戻る途中、真司とフローラは再びリリィと合流した。彼女は真司の無事に安心しつつも、フローラの存在に少し警戒心を抱いているようだった。
「真司、そちらの女性は?」
「いや、偶然出会って。フローラは薬草師で、なんか困ってるみたいだったからさ。」
リリィは小さくため息をつきながらも、二人を家へ招き入れた。
その夜、町ではまた新たな事件が起きていた。複数の家畜が再び襲われ、今回の現場には謎の香りが漂っているという噂が広まっていた。
「この香り……やっぱり何かある。」
翌朝、町は再び不穏な空気に包まれていた。昨夜襲われた家畜の残骸が、町外れの畑で発見されたのだ。町の人々は恐怖と苛立ちを募らせていた。
「解決したと思ったのに…真司、また手伝ってもらえないかしら?」
リリィが真剣な眼差しで頼み込んでくる。
「もちろんだ。俺の嗅覚スキルを活かさないとな。」
真司はフローラにも協力を要請し、リリィと共に現場へと向かった。
現場に着くと、異様な匂いが真司の鼻を襲った。以前と同じ血と土が混ざり合った独特の匂いの中に混じって今回は微かに甘い香りが漂っている。
(この匂い……前回の魔物と似ているけど、もっと複雑だ。人為的な香りが混ざってる気がする。)
「真司、何かわかる?」
リリィが不安げに尋ねる。
「確実に魔物が関わってる。ただ、それだけじゃない。この香り……人間の仕業かもしれない。」
「人間?」
リリィとフローラは驚きの表情を浮かべた。
「何かの薬品か、魔法によるものだな。この香りの成分をもっと詳しく調べれば、手掛かりが掴めるかもしれない。」
フローラが真司の言葉に頷き、採取した香りの痕跡を瓶に保存した。
「私の知識で調べてみるわ。でも、これには時間がかかるかもしれない。」
「頼む、フローラ。」
現場から帰る途中、真司はふとフローラの持っている瓶に意識を向けた。
(あの香り、やっぱりフローラの香りと似てる気がするんだよな。もしかして、彼女が……いや、そんなわけないか。)
それでも気になって仕方ない真司は、ついフローラに近づき過ぎてしまった。
「真司、どうしたの?」
フローラが少し顔を赤らめる。
「いや、その……確認したくて。」
彼女の首元に顔を近づける真司。フローラの肌から漂う香りは、やはり甘く、そしてどこか妖艶だ。
(うわぁ……これはヤバい。リリィとはまた違う、完全に俺を惑わせる香りだ。嗅覚スキルが暴発しそうだぞ!)
真司は慌てて距離を取るが、その一連の行動にリリィが呆れた様子でため息をついた。
「真司、少しは落ち着いたらどう?」
「いや、違うんだ!これは事件解決のための重要なプロセスで……!」
「言い訳なんて聞きたくないわよ。」
リリィの冷ややかな視線を浴びて、真司はしばらく大人しくなることを決めた。
その夜、フローラの調査が進展した。彼女が香りを分析し、驚くべき事実を突き止める。
「この香り、どうやら特殊な魔法薬によるものみたい。それも、人間を魔物化させる効果がある薬よ。」
「なんだって?」
真司とリリィが声を揃えて驚く。
「つまり、今回の魔物事件、裏で誰かが意図的に引き起こしているってことか?」
フローラは頷き、続けた。
「そして、この薬を作るには特定の植物が必要なの。その植物が、この町の近くでしか採れないものだってわかったわ。」
真司の嗅覚が再び反応を示す。
「その植物……たぶん俺の鼻で探し出せる。明日、森に入って調べよう。」
翌日、三人は再び東の森に向かった。フローラの説明に基づき、真司は鼻をフル稼働させる。
「こっちだ。甘い香りが濃くなってきた。」
やがて、森の奥に隠された小屋を発見した。その中には怪しい薬品や、魔法の儀式に使われた痕跡が残っていた。
「ここが犯人のアジトか……!」
しかし、背後から聞こえる足音に三人は振り向く。そこには、フードをかぶった謎の人物が立っていた。
「ここで…何をしている?」
その声には冷たさと威圧感があり、真司は一瞬身構えた。
(こいつが事件の黒幕か?だが、やはりこの香り……どこかで嗅いだことがあるような。)