聖剣の勇者4
急にパン屋の店員にエリオットとのどうのこうのを聞かれたので私は困惑し、つい無言になってしまう。自身が不躾な質問をした事に気がついたのか、本当にごめんなさい。ちょっとこちらへ来て欲しいです。と店の中へ連れて行かれた。こちらとしても何か誤解を生んでいるようなので大人しくついて行く。
パン屋の中には小さいながらも休憩スペースがあり、テーブルと椅子が2脚あった。そこへ案内される。店には暗い紫色の髪色の店員が一人。片目が隠れている陰気そうな雰囲気の青年だ。
店番は良いのかと問うが、レイラは青年に目配せをし、少しの間なら大丈夫だと椅子に座りながらそう言った。座った時のキシリと軽い音が耳につく。少しの沈黙の後、レイラがはなしはじめた
「急に変な事言ってごめんなさい。あの、私の名前はレイラといいます」
名前を律儀に告げてきたので、私も簡単に自己紹介をし、話の続きを促した。
「ルルカさん、って言うんですね。可愛いお名前です!レイラって名前、この辺では珍しくない名前で……ってすみません話がズレてしまいました」
「いえ……」
「それで、エリオットの事なんですが、私、エリオットの幼馴染なんです。さっき、エリオットと貴女が楽しそうに話をしているのを見てしまって。うちの店に来たのでつい……私すぐ思った事を言ってしまうので。抑えきれずに……すみませんでした」
レイラはペコリと頭を下げた。なんてことは無い。この歳頃ではよくある恋愛話だった。レイラはエリオットが昔から好き、そこでエリオットとたまたま話していた私を見て勘違いした、という事だった。若さゆえのありがちな暴走と見て良いのか、なんというか。
「んー……気にしてないので大丈夫ですよ。私はこの町に来たばかりで、エリオットさんとはさっき初めて話したし、レイラさんが気にするような事は何も無いです」
面倒くさい事にならないように当たり障りの無いように言っておく。本当は勇者かもという点では大いに興味があるので観察対象なのであるが。さっさとお暇したい気持ちを抑えながら微笑む。
初対面特有のシーンとした間がなんとも苦しい。カサっと何とは無しに触れた紙袋の音を聞き、パンを早くノエルに食べさせたいと思った。
「あっ、お引き留めしてすみません。早とちりしてしまって。強引過ぎました」
ホッとした顔をしたのもつかの間で、今度は慌てたように表情を変えたのを見て、まぁこのくらいの年齢なら恋に猪突猛進なのはままあることだと思い、曖昧に返しながら椅子から立ち上がった。
じゃあ私はこれで、とさっさとパン屋を後にする。また来てくださいね〜なんて聞こえたが、もう来ないのは確定だった。変ないざこざに巻き込まれたくない。ターゲットとは接触する必要があるので尚更だ。……うめき声や怨嗟の声など、聞かないふりをした。
「嘘だったら許さないんだから」
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この日は宿に帰り、ノエルと食事をとり公共風呂を借りた後、もう明日に備えて寝ることにした。昼間も寝ていたというのに、ノエルはもうウトウトとしていた。
「もうお腹いっぱい〜」
「小さくなってるのにあんな量食べるからよ」
「パンって、美味しいからついね」
しょっぱいパンと甘いパンだと交互にいっぱい食べちゃう!と言いながら小さい嘴で毛繕いをしていた。お腹が丸く膨れている様は可愛いが、私の食べた量より明らかに多かった。あまり考えないことにする。
「明日は付いてきて貰うからね」
んー、と相変わらず間延びした返事をした後、寝入ったのを見て、私もベッドに潜り込む。町を見て回ったが特にこれといった収穫は無かった。例えば強い魔物を倒した勇者の伝説があるとか、人間がある程度の年齢になったら行く教会で勇者の称号を授けられた人がいるとか。そんな類の話はとんと出てこない。
やはりエリオットだとは思うのだが、今勇者でない以上見切りをつけて拠点を移すべきかとも思ったが、やはり引っかかりを覚えたのでもう少しこの町に居ることにしたのだ。
それと、町の一番奥にある豪奢な建物は、この地域周辺を治める領主の館らしいというのは聞いたが、わざわざ立ち寄る意味も無いかと判断した。一介の町娘が領主に近づくのなんてままならないし、また町へ入った手法も使えば潜入できなくもなかったが、エリオットへ目星がついているからこそ領主の館周辺には近づかないことにしたのだ。
町の人々が口々に、この町が豊かになったのは10年ほど前に領主になった方のお陰だと、それくらいの収穫しかなかったからでもある。
「もうエリオットに直接近づくしかないのかもしれない」
今日の恋愛騒動があったのであまり近づきたくはないが、うだうだ考えていても仕方がない。明日の私がきっと頑張ってくれるから、と思い、目を閉じた。