聖剣の勇者3
気まずい時間が流れる。とりあえずこの場を後にして、勇者を一目でも見たいのだが、どう切り出せば自然なのか考える。ええい、とりあえずお礼を言って離れるしかない!そう考え、視線を青年に戻した。
「あの、本当にありがとうございました。またお礼は後日にでも」
「おーい!ラルフ!そんなところで突っ立ってどうしたんだ?今日はゴブリン退治に行くって言ってたろ?」
そんな時不意にラルフの後ろから金髪の髪が覗く。ラルフの肩に私からは全体が見えない位置から手をぽんと置いたその人は、ラルフより背が高いらしく、一番最初に金髪が目に入ったのだった。短髪のラルフとは違い、長髪を下の方で一括りにしている。
き、きた!私のサーチに引っかかった人だ!ゴブリン退治というところから、どうやら冒険者パーティーの仲間のようだ。ラルフも金髪も人間でいうところの18〜20くらいに見える。新たに現れた人はいかにも冒険者らしいといった格好で、腰には剣を携えている。ぐいっとラルフに肩を組む形になったその人はジロジロと無遠慮にこちらに視線をよこした。
「お?なんだラルフ、ナンパしてたのか!へぇーやるじゃん」
「お前と一緒にするな!ナンパなんかしてない!ただ……」
「そんな事無いだろ?だってお前」
「うるさい!」
「おーこわ」
なんだかすっかり私はかやの外だ。金髪の青年とラルフはなんだか言い合っている。しかしこれはチャンスだ。鑑定スキルで……あれ、この人も勇者じゃない!?勇者であれば、何々の勇者と名前の後に付くのだ。目を擦ってみてもちっとも変わらなかった。
計画外な事が起こり、固まってしまう。サーチが間違っていたのか?でも幾人もの勇者を見てきた私の感はこの金髪は勇者だと告げている。
「あの、そちらの方は?」
「あ、こいつは」
「俺はエリオット。ラルフとはパーティーを組んで、冒険者やってるんだ。よろしく」
くしゃっとした笑顔で挨拶をするエリオット。とりあえず私も名前を告げ、エリオットさん、よろしくお願いしますと返した。やはり冒険者だったようだ。
「っと、そろそろいかないと日が暮れちまう。今回はギルドからの緊急依頼だからな、急がなきゃならない」
「そうだね、そろそろ行くか。すみませんルルカさん、怖い思いをした後だから、本当は宿屋まで送って行きたいところなんだけど」
「いいえ!お急ぎのようですし、私には構わず、用事を優先してください」
「すみません、では、また」
そう言うとラルフ達は去って行った。私が探している勇者はエリオットだと思うのだが、鑑定スキルには引っかからない。このまま追いかけても良いが急がば回れ、だ。先に町の様子を観察してからの方が良いだろう。
ぐーっとお腹が鳴ったからでは決してない。関連性はない!
ふらふらと町を見て歩く。この国の中では大きめの町ということで露店から始まり、飲食店、武器屋など様々に店がある。これが田舎だと雑貨屋と武器屋が一緒になっていたりもするので、各々が各分野でしっかりと生計をたてられている証拠でもある。
露店の店主から、髪飾りはどうかなどと声をかけられたが、曖昧に微笑んで道を進む。
ちらりとこの世界で主流となっている宗教のブラン教の礼拝堂も目に入ったが、ここは言わずもがなあまり近づきたくないので、見なかったことにした。月と月の女神を崇拝する宗教という簡単な事しか知らないと言うのもある。ましてや中に入るなんてとてもじゃないができる気がしなかった。
ふわっと良い香りが鼻腔をくすぐった。焼き立てのパンの香りだ。ついついそちらの方へ足が向いてしまう。パン屋で買って宿屋で待っているノエルへ買っていくのも有りかもしれない。
ちょうど客を捌き終わったのか、ありがとうございました!と可愛らしい声が聞こえた。テイクアウト用の小窓が設置してあり、声はそこからしたようだ。足取り軽くテイクアウト用の小窓へ近づく。
「いらっしゃいませ!何にしますか?オススメは新作の鳥の形をしたパンですよ!」
店の中には薄い青色の髪を編み込みのハーフアップにした可愛らしい女性店員がいた。大きな目と小さな口、淡く色づいた頬。整った造形はまさに美少女だった。歳の頃は17、8であろう女性はにこにこと人懐っこそうな笑顔のまま、ズイッと私の方へ籠を見せた。中々に推しが強い。
籠の中にはずんぐりむっくりした体型の鳥の形のパンが5個ほど入っている。表情がそれぞれ違っていて可愛らしい。少しノエルに似ているなと思いつつ口を開いた。
「そうですね、とっても可愛いからこのパン2つ買います。あとバゲットも1本もらえますか?バゲットはできればスライスして欲しいのですが」
「ありがとうございます!バゲットを切るのは銅貨1枚追加になりますが大丈夫でしょうか?」
「大丈夫です。お願いします」
こちらへ確認を取った女性は慣れた手つきで素早くパンを紙袋へ詰める。銅貨9枚だと言われたので支払い、紙袋を受け取る。
バゲットは焼き立てだったのか、紙袋に入れていても温かさを感じた。このあとも町を巡るのでノエルに持って帰った時には冷めているであろうが、あの鳥はさほど気にせず口にするだろう。そのままでは味気ないのでチーズやハムを買っていくのも有りかもしれない。そして鳥の形のパンは、ノエルの前でかじったらどんな顔をするのか楽しみだ。
「あの」
「?はい」
さてまた町の探索へ戻るかと思った時、女性店員に呼び止められた。心なしか涙目の彼女は口を軽く開いたり閉じたり、目線を暫く彷徨わせていたが、やがて言いにくそうに口を開いた。
「え、エリオットとはどういう関係ですか!」
「はい?」
言われた言葉にとっさに反応出来ずに固まってしまった。エリオット?さっき会った?なんとも反応に困る事を言われてしまった。どういうことなの。