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嫉妬とラムネ


 雅狼を睨み上げる真鳥の目には非難の色は見られない。睨んでいるのに、不安が滲み出ている。その不安の根底にあるのは雅狼に対する心配だけだった。



「ストーカーを捕まえただけだ」


「ストーカー?」



 真鳥はその単語を聞いた途端にパッと身を翻して太陽の方に向き直った。真鳥が太陽にジリジリと詰め寄ると、太陽はジリジリと後退する。そして壁際に追いやられた太陽の顔の横にトスッと勢いよく手をついた。音は伴わなかったけれど。



「楠木くん、雅狼くんに何をしようとしていたのですか?」



 学校では決して見せることのない気迫。静かで大人しい、自分の意見をいうことも苦手で囲まれると固まってしまうほどのコミュ障。そんな真鳥のイメージが虚構だったのではないかと疑いたくもなるその圧に太陽は縮み上がった。



「え、えと、あの……」


「真鳥、止めてやれ」


「どうして?」



 真鳥が雅狼を振り向くけれど、その目は据わっている。雅狼はそっと太陽から真鳥を引き離すとその頭に手を置いてゆったりと撫でた。



「こいつの狙いは俺じゃなくて真鳥だ。俺と真鳥の関係を知りたかったのだろうが、結局は真鳥のことが知りたかっただけだろうな」


「どうして?」



 雅狼の説明に真鳥はコテッと首を傾げる。太陽は言わないで欲しいとアワアワしているが、雅狼にとって太陽はまだそれほど重要人物ではない。太陽の言うことを聞いてやる義理はない。



「さぁな」



 だけど真鳥に悪い虫が近づいていることを知らないでいて欲しい叔父心がニョキッと顔を出す。誤魔化すように、今度は真鳥の頭をぐしゃぐしゃになるほど撫で回した。



「じゃ、コンビニ行くか」


「うん。あ、楠木くんはどうする?」


「放っておけ」



 雅狼は真鳥の手を握って歩き出す。まるで太陽に見せつけるかのように。けれど途中ではたと足を止めると、くるっと振り返って太陽をジッと見つめた。


 太陽はビクッと肩を跳ねさせたけれど、雅狼はそのまま何も言わない。真鳥が不思議そうに雅狼を見上げると、雅狼は何か言いにくそうに口を開けたり閉じたりを繰り返していた。そして突然頭をガシガシと掻くと、フイッとそっぽを向いた。



「学祭、投げ出すなよ」



 それだけ言って雅狼はまた歩き始める。真鳥が慌ててその後ろを追いかける。2人の後ろ姿をポカンとした顔で見ていた太陽は、天に顔を向けて、泣き笑いを浮かべた。



「ね、学祭何やるの?」



 路地から離れた頃、真鳥が聞くと雅狼は少し悩む素振りを見せた。



「劇だ。なんだったか、『ロミオとジュリエット』みたいな最近のやつ」


「多分だけど『ロメオとジュリエッタ』じゃない? パロディみたいだけど全然違う話で、三角関係が面白いやつでしょ?」


「それは知らない。俺がメオリスとかいう騎士で、楠木がその従者の役になった」


「え、騎士?」



 真鳥はシレッと言った雅狼を目を丸くして見つめた。雅狼は視線に気が付いてチラリと真鳥を見下ろしたが、すぐに小さく首を傾げた。



「刀が使えるならと推薦された」


「え、へ、へぇ……絶対雅狼くんの……あ」



 真鳥はムッとした感情のままに口から出かけた言葉を慌てて飲み込んだ。雅狼は不思議そうにしていたが、特に気にすることなくそのままコンビニに向かった。



「そういえば真鳥は学祭で何をやるんだ?」


「メイドカフェ」


「は?」



 雅狼は地を這うような声で聞き返した。その冷静さを欠いた声に吹き出した真鳥は、ケラケラと笑いながら手を離して、雅狼の少し前に躍り出た。



「ホールに出る人は男女問わずメイド服着るんだよ」


「ま、真鳥は?」



 雅狼は声が裏返りそうになるのを抑えながらも聞くと、真鳥は不満げに頬を膨らませてフイッとそっぽを向いた。



「私がキッチンに入ると思う?」


「……学校が吹き飛ぶ」



 真鳥は無言で軽く雅狼の足を蹴った。けれど雅狼はそれを咎めることもできないほどに一点を集中して見つめていた。いつになく真剣に考え込む雅狼の手を取った真鳥はその手を引いてコンビニまで引っ張っていく。


 考え込んでいる雅狼に何を聞いても返事をもらえるはずがない。とはいえ道端に置いていけるようなものでもないからと引っ張る。雅狼が足を動かしてくれていることが救いだ。



「真鳥、学祭休まないか?」


「は?」



 真鳥はラムネを手に立ち上がろうとした中途半端な姿勢で固まった。そしてぎこちなく雅狼を見上げると呆れた視線を向けた。



「何を急に」


「いや、なんでもない」



 真鳥にジッと見つめられると、雅狼は言葉を濁してそっぽを向いてしまった。真鳥は何が何だかと言いたげな顔で首を傾げたけれど、さっさとレジに向かってしまった。雅狼は手を伸ばしてその背中に伸ばしたが、上手く言葉を紡ぐことができずに項垂れた。



「雅狼くん、帰るよ」


「あ、ああ」



 雅狼はトボトボと真鳥の後ろを付いて歩く。真鳥がチラリと後ろを振り向いたときにはあまりにもその距離が開いてしまっていたから、真鳥は少し待ってその手を取った。



「ん?」


「ん? じゃない。迷子になるよ」


「ならないだろ」


「まあまあ」



 真鳥は大きな笑みを浮かべると、握った手を大きく振って歩き始めた。雅狼は短くため息を吐くと、照れ臭そうな笑みが隠しきれない顔を手で覆って真鳥の隣に並んで歩いた。



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