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騎士と犬


 1日の終わり、ホームルームが始まって雅狼が窓の外をぼんやりと眺めていると、担任の安倍(あべ)こと風月(かざつき)清明(きよあき)が教卓に立った。



「今日は来月末の学園祭、東祭(あずまさい)について話してもらう。クラスの出し物は舞台発表をしても良し、出店を出しても良しだ。じゃ、後は学級委員、頼んだぞ」



 安倍はそう言うと欠席者の席に座る。安倍に代わって教卓に立った学級委員の石黒(いしぐろ)水緒(みお)江渡(えと)樹里(じゅり)が東祭について話を始める。雅狼は相変わらず窓の外をぼんやりと見つめる。


 東祭では1年3組は演劇を行う。演目は今話題の王国物語『ロメオとジュリエッタ』。ロメルとメオリスがジュリエッタを奪い合う三角関係が見物の演目だ。ロメルは水緒、ジュリエッタは樹里が演じることで決定した。



「確かロメオって国があって、王子のロメルがお忍びでジュラスに行くんだよね? で、ジュリエッタはその国の平民の娘で、ロメルがジュリエッタに恋に落ちたんだったよね? メオリスってどんな役だっけ」


「メオリスはロメルの双子の弟で、ロメオ最強の騎士団長だよ。ロメルを迎えに行ったときにジュリエッタに出会って恋に落ちるって話」



 クラスの女子の会話も雅狼の耳には入っていない。空に浮かぶ雲が綿あめに見えて小さくお腹が鳴った。



「あれだ、王と平民の結婚に対する反対を押し切って、ロメルとジュリエッタが結婚するんだよね」


「メオリスは?」


「そこは脚本次第だよ。原作にはメオリスの話がないから、大体学園祭でやるときはメオリス役の人が本当に好きな相手に告白するのが定番らしいね」


「となると、彼女持ちじゃないとダメだよね」



 わいわいと盛り上がるクラスメイトたちの中で、太陽がバッと手を挙げた。



「オレがやる!」


「太陽は彼女いないだろ」


「好きな子に告白でもすんのか?」


「当日に振られるのはキツイぞぉ」



 同じサッカー部の面々が囃し立てると、太陽はむぅっと頬を膨らませて腕を振り回した。



「振られる前提で話を進めるのを止めろ!」



 その姿に男子たちから笑いが起こった。女子たちはといえば、太陽狙いの女子とその友人、噂好きの女子たちがひそひそと話すばかり。ホームルームから解放された時点で太陽に好きな人がいることは学年中に広まるだろう。



「このクラスで恋人がいるのって、赤井さんくらいじゃないか?」


「いやでも、あれは噂だろ? それに赤井さんが演劇なんてやってくれるわけ……」



 赤狼の通り名がつけられた雅狼は、毎日喧嘩に明け暮れているヤンキーだと噂になっている。雅狼に話しかけたいと思うクラスメイトは中々いない。彼のようなコミュ力お化けでない限りには、だ。



「赤井! どうだ?」


「……ん?」



 太陽に呼ばれて、ようやく雅狼は意識を教室内に戻した。黒板を見て、演劇の役決めをしていることは分かったが、今が具体的に何の話をしているかは分からずただ黙っていた。



「赤井、やってくれないか?」


「いや、何を?」



 雅狼は漫画のように流されてはくれない。太陽は一瞬残念そうな顔をしたが、もう1度満面の笑みを浮かべた。



「赤井、剣振れる?」


「まあ、刀なら慣れてる」



 雅狼は太鼓の超人のバチ捌きと腕の筋力を鍛えるために日々木刀を振り回している。刀の扱いにおいては学内で剣道部と同じくらい慣れている。



「じゃあ騎士の役やってくれない? 他に適任者がいないんだよね」



 雅狼は太陽の言葉が本当かどうか考え込む。だけどクラスメイトの中に騎士の役が自分以上に向いている人がいるのかどうか、それは考えるだけ無駄な話だった。クラスメイトの顔も名前も覚えていないのに、その特技や部活を覚えているはずがなかった。



「まあ、構わないが」



 雅狼の返事にクラスが湧いた。水緒は早速騎士役の欄に雅狼の名前を書き込んだ。女子たちは雅狼に好きな人か付き合っている人がいるとざわめいているが、雅狼は我関せずまた窓の外を見る。


 雅狼はクラスメイトのことだけではなく、この演目のことも詳しく知らない。今雅狼が持っている情報と言えば、騎士が出てきて剣を持っていることくらいだ。



「ということで、俺はトリメシ役に立候補するぜ!」


「メオリスに振り回される下っ端騎士か。太陽に似合うんじゃね?」


「良いじゃん、良いじゃん」



 サッカー部仲間にやいのやいのと囃し立てられた太陽はそのままトリメシ役に決定した。そもそも1番メオリスと絡みがある、つまり雅狼と関わる機会が多い役どころだ。やりたい人は少ない。もはやラッキーとすら思っている人もいるほどに。



「赤井! よろしくな」



 太陽はブンブンと雅狼に向かって手を振る。そっとそちらに視線を向けた雅狼は、犬の耳としっぽが見えるのではないかと錯覚した。深くため息を吐くと、またフイッと窓の方を向いてしまう。



「物好きだな」



 雅狼は呟く。その耳の赤さは、伸びてきた髪に隠された。けれど窓から吹き込んできた風がその髪をふわりと持ち上げる。雅狼の反応を楽しんでいた太陽だけがその耳の赤さに気が付いてパッと表情を明るくした。


 太陽は犬ならば耳をピロピロと揺らすような勢いで喜ぶ。その姿にクラスの面々は雅狼の方を窺った。雅狼への興味。これまでの遠巻きに見られる生活が変わろうとしていた。



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