天国と地獄
太陽は顔を上げると、ジッと真鳥の目を見つめた。驚いた真鳥が真っ黒な瞳をキョロキョロさせると、太陽は甘く微笑んだ。
「オレ、白木さんのこと」
「真鳥」
太陽の声を遮る鋭くキレのある声。太陽が声がした方、真鳥の背後に視線を送ると、階段の方から雅狼が歩いてきた。太陽は一瞬固まったけれど、意を決して声を掛けた。
「あ、赤井さん?」
「誰だ?」
雅狼が首を傾げると太陽はガーンと書いてありそうな顔で雅狼を見上げた。
「同じクラスの楠木太陽だよ!」
「へぇ」
雅狼は興味なさそうに返事をすると真鳥に手を伸ばす。真鳥はキョトンとしながらもその手を取って立ち上がった。けれど太陽の顔をチラッと窺うと、太陽の前にしゃがみ込んで正面からその顔を見つめた。
「あの、楠木くん、何を言いかけたんですか?」
真鳥の真っ直ぐな視線と雅狼の殺意に満ちた視線。太陽は言葉を続けたいと思いつつも続けられず、ダラリと項垂れた。
「また今度言うよ。それよりさ、2人は付き合ってるの?」
太陽は恐る恐る、そして胸の前で手を組んで祈りながら問いかけた。
「え」
「ああ、そうだ」
「ちょっと雅狼くん、なんで嘘吐くの。付き合えるわけないでしょ」
真鳥は一瞬戸惑ったが、雅狼が嘘を吐いたことに驚き呆れて、即座に否定した。太陽は地獄を見てから現実に帰ってくると、また天に昇る太陽のような笑顔を浮かべた。
「よ、良かった!」
「ですが、どうしてそんなことを?」
「いや、朝からそんな噂が聞こえてさ」
あははっと誤魔化すように笑った太陽に、真鳥はふうん、とだけ呟く。そして自分が腰を下ろしていたハンカチを畳むと、自分のポケットに差し込んだ。
「これ、明日洗って返します。ありがとうございました」
「え、悪いよ」
「いえ、使ったのは私ですから」
真鳥はぎこちなく笑うとスッと立ち上がった。太陽も後を追うように立ち上がる。
「それじゃあ、教室に戻っても良いですか?」
「うん。あ、良かったらまたお話しようよ」
「はい」
「やった」
真鳥が特に考えることなく頷けば、太陽はパッと笑顔になってガッツポーズをしてみせる。対して雅狼は不機嫌そうにその様子を見ていた。
「なら俺も」
「そうだね、雅狼くん友達いないし」
「真鳥には言われたくない」
「私は一応話せる人いるから」
あっという間に2人きりの約束ではなくなったことに太陽がショックを受けていることに真鳥は気が付かない。雅狼は素直に残念そうな顔をしている太陽にニヤリと笑った。太陽はその勝ち誇った顔にムッとしたけれど、喧嘩をしても力でも口でも勝てないことは分かっているから黙り込んだ。
「それじゃ、戻るぞ」
「うん」
雅狼は真鳥の背中を押して歩く。太陽は2人の姿を見ながらぷくっと頬を膨らませた。
「結局どういう関係なんだよ」
よく分からない2人の関係に不満を漏らす。雅狼はその声が聞えていたが、小さく笑うだけで振り向きもしなかった。
「それじゃあ、私はこれで」
真鳥が教室に戻ると、すぐに黒羽が真鳥に駆け寄る。それを見届けた雅狼が教室に戻る背中を追いかけるように太陽も教室に入った。そして自分の席には戻らずに雅狼の前の席にドカッと座った。
「なんだ、前の席だったのか」
「違うよ。というか、前の席くらいそろそろ覚えてあげなよ」
太陽が苦笑いを浮かべると、雅狼はフイッと窓の外を向いてしまった。
「聞いてる?」
雅狼は何も言わない。ムッとした太陽がその顔をグイッと覗き込むと、その目が寂し気に伏せられていることに気が付いた。
「とりあえずオレと仲良くなってよ」
「は?」
突然の言葉に雅狼は思わず太陽の方を見た。すると太陽はニンマリと笑って椅子の背もたれに組んだ腕を乗せた。
「赤井って案外考えが顔に出やすいし、すぐ友達できそうじゃん」
雅狼は久しぶりに呼び捨てにされたことに驚いて目を見開いたが、すぐにその後の言葉に顔を顰めた。
「そんな風に言うのはお前くらいだ」
「じゃあそれはオレが赤井をよく見てるってことだな。ま、オレとは仲良くなれそうだね。良かった良かった」
「は?」
「とりあえず、オレはお前じゃなくて楠木太陽だから。楠木でも太陽でもどっちでも良いよ?」
身体を起こしたと思ったら勝手に意気揚々と話を進める太陽に、雅狼はペースを乱される。何も言えないままに太陽に飲み込まれていった。
「なあ、おい」
「リピートアフターミー、太陽」
「はぁ、楠木」
「おい」
最後の抵抗と言わんばかりに雅狼がため息交じりに苗字で呼ぶと、太陽はツッコミながらニマニマと笑った。そしてガタッと音を立てて立ち上がると、雅狼にビシッと人差し指を突きつけた。
「オレは赤井と仲良くなって、白木さんとの交際を認めさせてやる!」
「お前にはやらん」
「いや、父親か」
太陽は屈託のない笑顔で笑うと、雅狼の肩をポンポンと叩いた。
「赤井、これからよろしくな!」
「遠慮する」
「なんでだよ!」
真顔で言って窓の方に顔を背けてしまった雅狼に太陽は勢いよく突っ込んだ。けれどその表情をマジマジと見つめると、ぱぁっと太陽のように輝く笑顔を浮かべた。
予鈴が鳴って太陽が名残惜しそうに自分の席に戻ると、雅狼は目を閉じて小さくため息を吐いた。その口元は緩く弧を描いていた。