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北風と太陽


 翌日、真鳥はいつも通りゆったりとした時間を過ごす雅狼を置いて家を出た。誰よりも早く学校に到着すると、真鳥は雑学書を開く。パラパラとそれを読んでいるうちに、教室には人が増える。


 喉が渇いた真鳥がリュックのチャックを開けると、チャックに付けつつリュックの中に隠していた赤い房付きのストラップが飛び出した。それが揺れるのを真鳥は気にもしていなかったが、それに目を付けた人がいた。



「ねえ白木さん、そのストラップ、どうしたの?」



 真鳥に突っかかるように声を掛けたのはネリネだった。ネリネの目はキッとつり上がっている。けれど真鳥は身じろぐことも慄くこともしない。すっかり固まってしまっているだけだが。



「ネリネ、そのストラップがどうしたの?」



 舞蝶が聞くと、ネリネはクイッと掛けてもいない眼鏡を持ち上げる仕草をみせた。



「さっき赤井くんがこれと色違いのストラップをリュックに付けていたの! 同じ日に同じものを付けてくるなんて、おかしいと思わない?」



 ネリネが真鳥をキッと睨みつけると、ようやく視線に気が付いた真鳥はビクリと肩を跳ねさせた。そのままアワアワと狼狽えながら、パクパクと口を開閉させた。黒羽が部活でいない今、真鳥を守る者はいない。



「それは、おかしな話だねぇ?」


「どうなのよ?」



 舞蝶は高圧的な部分を隠すような笑みを浮かべる。対してネリネは包み隠さずギロリと睨む。



「2人ともそないな風に脅したらあかんえ。なんも言えへんちゅうことは、人に言えへんような関係ってことやん」



 後ろから現れた李比亜も上から高圧的に真鳥を見下ろす。そしてその視線を浴びた真鳥はさらに小さくなった。さながら雛鳥状態だ。


 けれど不意に、真鳥がいつも通りの冷静な表情に戻った。そしてぐるりと戦乙女三銃士を振り向いた。戦乙女三銃士は真鳥から向けられたことのない顔を向けられて、戸惑ったように互いの顔を見合わせた。



「私と雅狼くんは人に言えないような関係ではありませんよ。少々複雑かもしれませんが」


「へえ、ほな説明しとくれやっしゃ」


「はい。私は」


「白木さんっている?」



 真鳥が答えようとした瞬間、教室の外から誰かが真鳥を呼んだ。真鳥は戦乙女三銃士にぺこりと頭を下げると、自らを呼んだ男子生徒がいる教室の入り口に向かった。戦乙女三銃士は何か言いたげだったが、人に呼ばれたという正式な理由を前に引き下がる他なかった。



「はい、白木です」


「ちょっとお話したいんだけど、良い?」


「分かりました」


「じゃあ、こっちに来て!」



 真鳥を呼び出した隣のクラスの楠木(くすのき)太陽(たいよう)は、ニカッと笑う。光をキラキラと反射させる金髪と名前の通りの笑顔。その眩しさに当てられた真鳥は目を細めた。


 太陽は笑顔のままパシッと真鳥の手を握る。真鳥が呆然としたまま連れ去られていくのを、クラスメイトたちは呆気に取られて見送った。そしてもう1人、その姿を見て鋭い視線を向ける者がいた。


 太陽は真鳥の手を引いたまま階段を上がり、屋上に繋がる扉を開けた。



「ここは立ち入り禁止ですよね?」


「うん。でも、鍵が壊れているからみんな立ち入ってるよ」


「なるほど」



 真鳥は太陽に連れられるがままに屋上に出る。初めて立つその場所からの景色に真鳥は目を見開いた。遠くの山も、向こうの街も。ここからならば一望できる。



「流石に海は見えませんね」


「海なし県だからね」



 あははっと明るく笑った太陽は、陽向にポンッと座った。その隣にハンカチを敷くと、そこに真鳥を誘導して座るように促した。真鳥はおずおずとそこに正座した。


 真鳥は名も知らない相手をジッと見つめる。太陽はその視線に照れ臭そうに微笑んだけれど、その意味に気が付くとハッとした。



「そういえば自己紹介がまだだったね。オレは1年3組の楠木太陽。サッカー部だよ」



 太陽の落ち着いた声に、真鳥は2回深呼吸をすることで落ち着きを取り戻した。それから居住まいを正すと太陽を真っ直ぐ見つめた。



「2組の白木真鳥です。部活には所属していません」


「うん。知ってる」


「はぁ」


「ずっと見てたから」



 太陽の言葉に真鳥が首を傾げると、太陽は照れ臭そうな笑みを浮かべた。



「オレ、白木さんと高校受験の時に会ってるんだよ」


「ごめんなさい、私は覚えていなくて」


「だと思うよ。受験の時の席が隣だっただけだし」



 真鳥はその言葉に思考を巡らせる。その日、隣の席。真鳥には心当たりがないわけではなかった。



「あの具合が悪そうだった方ですか?」


「そう、それ」



 真鳥が思い出した人物は黒髪で暗い顔をした人物だった。今の太陽とは似ても似つかない姿。真鳥が半信半疑のまま聞くと、太陽は柔らかく笑って頷いた。



「印象が随分と違いますね」


「高校生になって髪を染めたし、あの日は体調が悪すぎていつも通りに振る舞う余裕なんてなかったからね」



 太陽は決まりが悪そうに頬を掻いた。けれどスッと目を細めると、真鳥を正面から見つめた。



「白木さんは見ず知らずのオレがおにぎりも喉を通らないのを見かねて、お弁当に持って来ていた豚汁をくれた。それが嬉しくて、入学したらお礼を言おうって決めてたんだ。入学式のときに新入生代表をしていたから白木さんのことも、クラスもすぐに分かった。でも、話しかけられなかった」



 太陽が俯くと、真鳥は眉を顰めた。真鳥とは正反対の明るさを持つ太陽。真鳥なら声を掛けられない状況でも、太陽なら声を掛けられる。けれど太陽は、真鳥が相手だと思うだけでそれができなくなった。


 俯く太陽と、それをジッと見つめる真鳥。そして2人を、というよりも太陽を鋭く見つめる男。無人であることが正しい場所に、風が不思議そうな声を漏らしながら吹き抜けていった。



2024.04.30修正

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