コミュ障と僕っ子
真鳥と雅狼が1年2組の教室に入ると、騒がしかった教室内がシンッと静まり返った。
「あ、ここにお願い」
真鳥がテキストの束を教壇に置くと、その隣に雅狼も束を置いた。
「雅狼くん、ありがとう」
「おう。また何かあれば言え」
「うん」
雅狼は真鳥の頭に手をポンッと置くと、1つ頷いて教室を去って行った。雅狼が教室を出た途端に2組の面々は騒々しくなる。真鳥に視線が集まるが、真鳥はそれに気が付くことなく自分の席についた。
真鳥がリュックから数学の教科書を取り出した瞬間、ダンッという鋭い音と共に真鳥の席に蝶のネイルが印象的な手が教科書を机に叩きつけた。
「ちょっと白木さん」
「おはようございます、瀬世里さん」
くるくると巻かれた髪にも蝶のクリップが付けられている生足ギャル、瀬世里舞蝶。その後ろにはポニーテールをオレンジ色のシュシュで纏めた躑躅ネリネと、胸まで伸びたサラサラストレートの黒髪が光を反射させる猫村李比亜が仁王立ちしている。
舞蝶の鋭い眼光が真鳥に突き刺さる。真鳥は困り顔といえば良いのかポカンとしていると言えば良いのか分からない顔で舞蝶を見つめていた。
「うん、おはよう。って、そうじゃない! いや、朝の挨拶は大事なんだけどさ! 白木さん、あなた赤井くんとお付き合いしているの?」
「そうよそうよ! 頭なんて撫でてもらって!」
「ただ助けてもろうたわけではなさそうどすなぁ」
2人のギャルとお嬢様、通称戦乙女三銃士に囲まれた真鳥はスペースキャットと化した。クラスメイトになってもうすぐ2カ月が経とうとしているが、真鳥は未だに慣れていない。
「はいはい、その辺にしときな」
「黒羽……」
長い髪をハーフアップに纏めて男子用の制服を着る四葉黒羽が真鳥と戦乙女三銃士の間に割って入ると、李比亜の顔がぐにゃりと歪んだ。黒羽はそれを一瞥するとにんまりと笑って李比亜に顔を近づけた。
「何々、李比亜。はんなり京都人辞める感じ?」
「何言うてんねん。そないなわけあらへんやろ? 黒羽はんの目は節穴どすなぁ」
李比亜も挑発的な笑みを返す。黒羽と李比亜の間にバチバチと火花が散ると話しどころではない。舞蝶は頭を抱えると苦笑いを浮かべた。
「ごめんね! はい李比亜、行くよ!」
「あ、舞蝶ちゃん待って!」
舞蝶が李比亜の肩に腕を回して連れ去ると、それを追いかけるようにネリネも追いかけて行った。残された黒羽はフンッと勝ち誇った笑みを浮かべるが、真鳥は未だに呆けたままだ。
「おーい、真鳥?」
「わっ、黒羽さん」
黒羽が目の前で手を振ったことでようやく真鳥は地球に意識を引っ張り戻した。肩を跳ねさせて目を見開いて黒羽を見つめる。その様子にケラケラと笑った黒羽は、真鳥の前の席にドカッと腰かけた。足を組んでニヤリと笑うと、真鳥の頬をツンツンとつついた。
「僕が来て助かった?」
「はい。ありがとうございます」
真鳥の淡泊な返事にニコニコと笑った黒羽は、真鳥の頭に手を置いてわしゃわしゃと撫でた。真鳥はされるがまま。
「それで? 赤狼と恐れられる赤井雅狼とどういう関係なわけ? 場合によっては結構な数の女子生徒を敵に回すと思うけど」
「黒羽さんもですか?」
「うーん、僕は派手な人はちょっと。陰キャインテリ男子しか勝たん」
「へえ」
黒羽がグッと拳を握って力説するが、真鳥はボケッとした返事をするのみ。黒羽としては話を聞いてくれればなんでも良い。真鳥としては話を聞いていないわけではないが、上手く返事ができない。きっと相性は良い2人だ。
「で? なんだっけ」
「雅狼くんのことですよね?」
「そうそう。って、雅狼くん呼びなんだ」
「叔父ですから」
「は?」
黒羽がポカンと口を開けた。真鳥はそこに指を突っ込みたい衝動をグッと堪えて手を開いたり握ったりを繰り返した。
「待って、叔父って?」
「雅狼くんは私のお母さんの弟です。同い年ですけど」
黒羽はさらに大きく口を開く。顎が外れそうだ。
「それじゃあ双子みたいに育ったの?」
「いえ。私は今年こっちに引っ越してきましたから、一緒に育ったわけではありません。長期休暇は祖父母の家に預けられていたからその間はずっと一緒でしたけど、それだけです」
真鳥の祖母、すなわち雅狼の母である。
「今は1つ屋根の下?」
「はい」
「うーん、タイプではないけどあんなイケメンと一緒に暮らすって羨ましいな」
「イケメン、ですか?」
真鳥ははて? と首を傾げた。イケメンとは、イケメンって何、イケメンの定義を。真鳥の脳内はイケメンがゲシュタルト崩壊した。
「あの目にかかる長い前髪の隙間から覗く端正な顔立ち。着崩した制服も他の人と違ってダサくない。そしてあの男気と力強さが格好良いじゃん。僕も憧れるよ」
「憧れ……そうか、イケメンってイケてるメンズですか」
「あ、そこから?」
黒羽は苦笑いを浮かべると、真鳥の机に肘をついて頬杖をついた。
「ま、いいや。2人の関係については隠しておくよ」
「え? いえ、べつに隠しているわけではないですよ? 私は聞かれることもないですし、聞かれても圧が強すぎて固まっている間に相手がいなくなっています。それに雅狼くんにはそもそも人が近づきません」
「あはは……」
黒羽は笑うことしかできない。叔父と姪は孤高とコミュ障だった。
「ま、僕が黙っていたいから黙っているよ。その方が絶対面白い」
黒羽はニッと笑ってグッと親指を立てた。真鳥は首を傾げたが、口元だけで小さく笑った。