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過保護ヤンキーとポンコツ優等生


 公立東町高等学校。その廊下を歩く1人の男子生徒。だらりと緩められた黒字に黄色の斜めラインが入ったネクタイ、2つ目のボタンまで開かれたワイシャツ、ボタンを留めていない紅のブレザー。彼の前では周囲の生徒たちが視線を逸らしながらそそくさと道を開ける。



「ちょっと! 赤狼せきろうよ!」


「かっこいいよね!」


「でも毎日喧嘩三昧って言うじゃん。関わらない方が良いって」



 遠巻きに見ていた3人の女子生徒の声が本人たちが思うよりも響く。赤狼と呼ばれた男子生徒の耳にもその会話が届き、小さくため息を吐いた。その音に周りの空気が凍りつく。生徒たちが誘い合って立ち去る中、男子生徒は教室へ向かう階段を上がる。


 同時刻。1人の女子生徒がノートの山を手に3階にある1年2組の教室を出た。前は見えているものの、少し量が多くて慎重に歩く。


 赤いブレザーを正しく着て、シャツは1番上までボタンを留める。リボンを着けて、赤と紺のチェック柄のスカートも膝上3cmに揃えられている。丸眼鏡とお下げ髪が印象的な、典型的な優等生のような女子生徒。



「白木さん、手伝おうか?」


「大丈夫です。ありがとうございます」



 声を掛けた女子生徒に小さく笑って返事をした女子生徒は、そのままゆっくりと歩く。そして1階の職員室へ向かうために階段を下りる。


 カツカツと階段を上がる赤狼。よろよろと階段を下りる優等生。2人がすれ違うかと思われたとき、優等生が足を踏み外した。


 即座に赤狼が腕を伸ばし、優等生の身体を抱き留めた。優等生が持っていたノートの山が階段に散らばる音が響き、周囲から人が集まってきた。なんだなんだと言いながら集まる生徒たちの前で、赤狼は支えていた優等生の顔をグイッと覗き込んだ。


 赤狼の動きに生徒たちがヒッと声を上げる。そんな声など聞こえていない様子の赤狼は、ようやくバランスを取り戻して自立できた優等生の肩に手を置いた。



「怪我は?」


「ないよ。ありがとう」



 優等生が答えると、赤狼は満足げに笑った。その笑顔と優等生が赤狼にため口を使った事実で周囲の生徒たちからどよめきとざわめきが生まれた。



「って、うわっ! ノート拾わなきゃっ、とっ、おわっ」



 散らばったノートを回収しようと足を踏み出した優等生がまた階段から足を踏み外して身体が傾く。赤狼は難なくその身体を抱き留める。もう1度バランスを取り戻せた優等生が申し訳なさそうに眉を下げると、向かい合ってその顔を見ていた赤狼がそのおでこに軽くデコピンを食らわせた。



「痛い」



 赤狼のデコピンにまた周囲がざわめいた。優等生の少し赤くなったおでこを指差してコソコソと話す者たち。階段の上にも下にもギャラリーが集まってきている。



「赤狼のデコピンって、頭を吹っ飛ばすとかいう、あれだよな?」


「ああ、噂じゃデコピンだけで他校のトップを張っ倒したとか」



 デコピンの噂を思い出した者たちから順にその場を立ち去っていく。あっという間に人っ子1人いなくなった階段。しかし当の本人たちはギャラリーが何人いるか、いや、そもそもギャラリーがいるかいないかなど一切気にしていなかった。



「そそっかしい。少しは落ち着け」


「ごめんなさい」



 眉を顰めた赤狼に優等生がシュンとして謝る。すると赤狼はニッと笑って優等生の頭をポンと叩いた。それから2人でノートを回収した。そしてノートの束を赤狼が持って、2人で階段を下りた。



「ここまでで大丈夫だよ。ありがとう」


「本当に大丈夫か?」


「うん、階段も下りきったし大丈夫」


「そうか。じゃあな」



 赤狼は深追いはせず階段を上がっていく。その背中を見送った優等生は気合を入れ直して職員室へ向かった。



「失礼します」


「おお、白木。ノートありがとうな。ついでにこれ、教室まで頼む」



 職員室で待ち受けていた数学教師は、優等生からノートの束を受け取ると机に積まれていたテキストを指差した。ノートの束の1.5倍の高さはある。



「この間朝学習のテキストが終わったからな。次はこれにしようと思って。頼めるか?」


「……分かりました」


「おう。任せた」



 数学教師はそう声を掛けると机の上にばら撒かれた書類作業に戻る。優等生はフラフラと職員室を出て行った。



「失礼、しました」



 元気のない声。優等生がため息を飲み込んで階段の方へとフラフラ歩く。震える腕に力を入れ直そうと目を閉じて大きく息を吸った瞬間、優等生の腕が軽くなった。優等生がパッと目を見開くと、テキストの束が半分以下になっていた。


 赤狼が黙って先を歩くと、優等生はパタパタとその背中に駆け寄った。



「ありがとう」


「階段から落ちて怪我でもされた方が迷惑だ」


「ごもっとも」



 優等生がシュンとすると、赤狼は自分たちに向ける目に睨みを利かせる。そして辺りの生徒が蜘蛛の子を散らすように去っていくのを見送って小さくため息を吐いた。



「目立ってしまって悪いな。気を付ける」


「べつに私は近づくなとは言ってないからね」



 優等生は肩を竦めると、ニッと不格好に笑って赤狼を見上げた。



「これからも私が怪我をしないように近くで見守っててよ、叔父さん?」


「お前なぁ、高校生にもなって。まあ、姪が怪我をしないように見ていてやるのは叔父の仕事か」



 叔父と姪。学校1の不良と学校1の優等生。同級生だけでは片付けられない2人の関係。


 赤井(あかい)雅狼(がろ)白木(しらき)真鳥(まとり)はラブコメしない。



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